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41.兄たちの事情3

───で………? 温泉ホテルの部屋に入るなり、颯斗は室内を見つめ、その場に立ち尽くした。 思考が働くようになると、ヒクヒクと頬の辺りが痙攣する。 「…おい」 壱哉は鼻歌交じりに鞄の中身を確認している。 持ち歩いていたペットボトルを冷蔵庫にしまい、窓から景色を眺めて感嘆の声を上げる。 「おい、相馬壱哉!」 「あっ、はい!なになに?外、景色いいよ」 「外は後で見てやる。今はテメェも部屋の中を見やがれ」 「え……?」 壱哉の口の端がヒクリと反応したことを、颯斗は見逃さなかった。 気付いてて流そうとしてやがったな…。 「おい、テメェは床で寝んのか?」 ベッドに腰掛けて、譲る気はない意思を匂わせる。 「いや、床は痛いかな…」 「じゃあ、俺に床で寝ろっつってんだな」 「いやっ!もちろんベッドでっ、ベッドをどうぞ!」 「どうぞじゃねぇ、当然だ」 ………で、俺に床で寝させるつもりじゃないっつーなら…… 颯斗はベッドをボン───と叩き、そしてハッとしたように息を一つ、荒立っていた気持ちを抑えた。 このぐらいでキレてしまうのは、さすがに大人げない。 それにせっかくの旅行なのだ。怒ってばかりでは楽しいものも楽しくなくなってしまう。 だから颯斗はその顔に笑みを浮かべ、静かな声で優しく訊ねる。 「なんでベッドがひとつっきゃない。一緒に来るはずだった女に断られたから、代わりに俺を誘ったのか?」 その笑顔が、より恐怖を引き起こさせるものだとは、露ほども思わずに。 「えっ……いや、ここは、颯斗と泊まるために…」 「俺と?なんのつもりで?」 「お前と、その……、あのっ、俺馬鹿だから、ダブルとツインの違いがなんだか分からなくて…ですね」 「…それで、間違えてダブルで取ったってこと……?」 「うん。……すいません」 「───んだよ…、フザけんなよなお前……」 顔を強張らせた壱哉に謝られると、颯斗は一気に体の力が抜けてベッドに倒れこんだ。 「んだよ、マジで。馬鹿にされてんのかと思った。からかわれてんかと思ったぁ……」 仲間内の誰かが、絶対 颯斗は壱哉のこと好きだとか言いだして、確認するためにダブルにしたんじゃないかとか───超余計なことまで考えちまったじゃねぇかよ。 「…ばか。…壱哉のばーっか」 「なので、今日は俺と一緒に寝てください」 「嫌だよ、馬鹿」 理性が持たねーよ、馬鹿。 「膝枕のお礼に腕枕するから」 「男相手にそんなことしたら、神社の縁結びのご利益無くなんぞ。明日行くんだろ?」 「……わかんない。今晩次第かなぁ」 「今晩?なにかすんの?」 「うん。…何かするつもり」 「ふーん…」 電話とかすんなら、聞こえないとこで掛けて欲しいな。 「あっ、颯斗、どこ行くの?」 立ち上がった颯斗に、壱哉が声を掛けた。 颯斗は旅行バッグから、洗面具の入ったポーチと眼鏡ケースを取り出して壱哉に見せる。 「コンタクト外してくる」 「あっ、うん」 頷いて見せた後だらしない顔をして笑うものだから、颯斗が眉根を潜める。 「なに?」 「俺、眼鏡の颯斗好きなんだよな。なんか色っぽくて」 「………キモい」 「キモくない。綺麗な顔したお前が悪い」 「男に綺麗とか言うな。マジ引くわ…」 「引かない引かない。いってらっしゃ~い」 手を振って、洗面所に送り出された。

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