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第9話 強さとは何でしょう?

 次の日、目が覚めたのは昼を過ぎてからだった。  すこぶる調子が悪い。年中温暖な気候の魔界でも、掛け布団を掛けずに寝てしまったのが良くなかった。おかげで起きたら下着がベタベタで、やはり寝汗をかいてしまったと──そう思いたかった。  どうやらここのところ、魔力のコントロールが上手くいっていないらしい。今までのルーティンも効果がないし、と下着を洗いながらため息をつく。 「お父様に解決策を聞いてみますか……」  そうひとりごちて、ニコは身支度をしショウに会いに行った。 ◇◇ 「そう言われても、好きなだけオナニーしてたし、リュートがいれば淫夢に誘ってたし」  ニコはがっくりとうなだれる。分かっていたことだけれど、やはり通常の魔族より性欲が強いインキュバスは、自分ではもちろん、ほかの魔族の手を借りてでも発散させなければならないらしい。  二人は庭で整えられたうつくしい草花に囲まれながら、お茶を楽しんでいた。ポカポカ陽気でいい天気だけれど、話している内容は……インキュバスだから仕方がない。 「リュートと出逢う前は……何百人と殺しちゃったからねぇ」  ずずず、とお茶を啜りながら、穏やかに言うショウは呑気だ。おかげでショウに恨みを持つ魔族も多かったとか。  だからニコはほかの魔族の手を借りてなんて嫌なのだ。殺してしまうのも嫌だし、自分の欲のために相手を支配するのも。 「とりあえず、相性が合うかは話してみないと分からないように、やってみないと分からないってのはあると思うよ?」 「……」  ニコは何も言えなかった。インキュバスである以上、互いの合意を、なんて言う自分は甘いのだろうか。 「……お父様は、僕が他人と触れ合うことが苦手なの、ご存知でしょう」 「うん知ってる。僕も引きこもりだったから苦労したよ」  他のインキュバスみたいに、堂々と人間や魔族を性的ペットにすることができないニコとショウ。まだニコの方が社交性があるけれど、リュートの真面目な性格を引き継いだのか、おかげで悶々とする羽目になっている。 「失礼します」  すると、一人の魔族がニコたちの元へやってきた。見ると、屋敷お抱えの医師がいて嫌な予感がする。 「ニコ様が連れ帰った魔族ですが、緑髪の方が今しがた息を引き取りました」  淡々と告げる医師に、ニコは唇を噛む。家族には連絡済みらしいが、弱い者には見向きもしないこの世界、そのまま処分してくれと言われたらしい。  非情だろうけれど、これが魔界の普通で、ニコたちが異常なのだ。  もしショウが『洗礼』を受け瀕死になった時、リュートがそばにいなかったら、自分は産まれなかった。このできごとを、もっと魔界の魔族に知らしめたい。そう思っての風紀委員……『洗礼』禁止運動なのだ。  ニコは息を吐くと、意識を切り替える。 「もう一人のタブラ……女の子の方は?」 「そちらは順調に回復して、ワタクシめの手伝いをしたいと言っております。ニコ様のお役に立ちたいと」  どうやらタブラは無事のようだ。ニコに精気を与えようとしたのもあり、かなりこちらに情を傾けているらしい。  しかし、ニコはまだ学生。そこまで言ってくれるなら雇いたいのは山々だが、初めてのことだし給金の出どころが心配だ。相談しようとショウを見ると、彼は察したようで苦笑していた。 「……ニコの好きにしていいよ。僕が雇う形にすればいいから」 「ありがとうございます、お父様。……タブラをここへ」  医師にそう告げると、医師は「かしこまりました」と去っていく。  しばらくしてタブラがやってきた。彼女はニコの父親であるショウがいても臆することなく、ニコのそばに(ひざまず)く。 「タブラ、残念ながらまだ僕にはあなたを雇う力がありません」  この屋敷を仕切っているのはショウだ。今のニコはショウの命令で使用人に護られている形になる。ニコが何かしらの事業で稼いでいれば個人的に雇うことも可能だったけれど、残念ながらそれもない。 「しかもあなたは学生です。勉強に支障が出ない範囲でとの約束で、僕のお父様に雇われる形になりますがいいですか?」 「ニコ様のおそばにいられるなら」  タブラは即答する。ニコはショウを見ると、彼はまた苦笑していた。 「とはいえ、ニコの世話をするにはまずは下積みからだよ。学生をしながらその訓練とか……できる?」  穏やかな声で言うショウは、どことなく祖父に似ていた。こういう時にふと、王族としての立ち振る舞いを見せられると、自分はまだまだ未熟なのだなと思い知らされる。 「はい。すべてはニコ様のために」 「じゃあ今日からきみはこの屋敷の使用人だ。それぞれの長からお墨付きを貰えるまで鍛えてもらって」 「かしこまりました」  そう言うと、タブラは一瞬で屋敷の中へと走っていった。あんなに速く走れたのか、と驚いていると、ショウはお茶を一口飲んで、カップをそっと置く。 「あの子は……どうやって拾ったの?」 「え? 『洗礼』の餌食に二度も遭っていて、それで……」 「……そっか」  助けてあげたんだね、と眉を下げて言う父に、ニコも苦笑した。  魔力が強くてしかも王族なのに『洗礼』に遭った父。父が弱かったのは心だった。でもそれは言い換えれば優しさだ。そして彼のその優しさは、強さになりつつある。  力だけが強さじゃない。色んな強さがあっていいじゃないかと思う。だから、弱いから死んで当然というこの魔界の考え方には納得できない。 「ニコ」  ショウはその儚げな笑みを浮かべたまま言った。 「死んじゃった子を、屋敷内に埋めてあげようか」  どうやら父も同じようなことを考えていたらしい。埋葬という概念もこの魔界にはあるけれど、大抵は粉にしてお茶として飲んでしまう。そのため埋葬そのものが特別な行為だ。 「はい……」  ニコはこくりと頷くと、立ち上がった父について行った。

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