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第13話 自己嫌悪です

 目が覚めると、どこもかしこもドロドロだった。あれから気が済むまで自慰をしていたら、疲れ果てて寝てしまったらしい。収まらない恐怖があったから、ニコは今の状況にすごくホッとした。  しかし、気になるのは部屋の外の状況だ。父との食事をすっぽかした時点で、父もニコに何が起きたか把握しようとしているはず。  とりあえず身体を洗わなければ、と起き上がり、体液と精液で滑る床を慎重に進む。シャワーを浴び新しい服に着替えて、部屋の外へ出るドアを開けた。 「ニコ……!」  とす、と胸に何かがぶつかる。見ると胸には天然パーマのクルクルした黒髪があった。 「お父様……?」  抱きついてきたのはショウだったらしい。彼は顔を上げると、その大きな目がみるみるうちに潤んでいった。 「収まった? 怖かったでしょう……」  でもどうすることもできなくてごめんね、とショウは泣いている。ニコは父のそっと肩を掴んで離すと、状況を教えてください、と尋ねた。 「ニコ、落ち着いて聞いてね?」  ぐす、と鼻をすすり涙を拭ったショウは、ニコに何があったかを把握しているようだ。  ニコが自慰に耽っていた時間は三日三晩続いたらしい。まず、ショウが異変に気付いてニコの魔力がほかに影響しないよう守りにいった。けれどわずか数分遅れてしまい、それで数十人の使用人が亡くなってしまったそうだ。  次に、別棟にいたリュートも気付きニコのいる屋敷へ戻ってくる。守る範囲を更に広げたけれど、魔王の命令により、使用人を避難させるため指揮を執った。  最終的には魔王がニコの部屋ごと異空間に閉じ込め、ことなきを得たが、犠牲になった魔族のことを考えると自分が嫌になる、とニコはうなだれる。 「それでね、その……」  ショウは言いにくそうに続けた。 「あの……白髪(はくはつ)赤目の女の子」 「タブラ? タブラがどうかしたんですか?」  途端に嫌な予感がする。ショウは視線を落とすと、小さな声で呟いた。 「最初の防御に間に合わなくて……ごめん」 「……っ」  ヘナヘナと、足から力が抜ける。ショウが背中を撫でてくれるけれど、込み上げる涙は止められなかった。  自分を慕って、手足となりたいとまで言ってくれた子を、殺してしまった。自分の欲望に抗えなかったせいで。 「ニコ……、ニコ、きみのせいじゃないよ」  優しい父は不可抗力だと慰めてくれる。それでも、まだほかにいい方法があったのでは、と思わずにはいられない。 「お父様……っ」 「うん……。怖いね……」  とりあえず、ニコの魔力が安定するまでは、魔王がニコの部屋を異空間に閉じ込めておくらしい。こう聞くと魔王もニコと近い考えなのかと思うけれど、魔王は自分の優秀な部下を、他人に殺されたくないだけなのだ。彼は魔界を統べる王なのだから。 「ね、ニコ」  ショウはニコの背中を撫でながら優しく諭してくる。 「発散できる相手を探したら? 見つかるまで、ちょっと嫌なことも増えるけど……」 「……」  本来インキュバスは精気を喰らう悪魔だ。自分で発散できれば何も問題はないけれど、それはインキュバスの生態上無理な話。かと言って取っかえ引っ変えしていたら多くの魔族を殺すことになる。相性がいい相手がいれば、暴走もなくなるし精気も喰える、一石二鳥だ。  ましてやニコは今が一番性欲が強い時期。ショウは自分の体験から、相手がいた方がいいと勧めているのは分かる。けれど、今それを聞くのはしんどかった。 「ほら、淫夢に誘ったっていう子とか」 「……とりあえず、タブラの供養に行きます」 「あ、うん、そうだね。……ごめん」  眉を下げたショウを無視して、ニコは立ち上がって足を進めた。三日三晩の自慰で心も身体もスッキリしているのが逆に恨めしく思う。 (僕は……甘いんだろうか……)  ニコは王族として、いずれなる魔王候補として、どう振る舞えばいいのか分からなくなった。産まれた時から魔力と権力を持っているニコの理想は、この魔界に生きる魔族にとっては残酷なのかもしれない。  ニコは屋敷の裏側に行き、タブラが埋葬されたという場所で黙祷した。せっかく、非力でも成り上がれると……ニコの役に立とうと頑張っていただろうに。 「魔力が高いだけじゃ力に()され、力が強いだけじゃ騙される……」  この魔界を知れば知るほど、力と打算でできていることがよく分かる。けれど、殺してまでのし上がろうというのは、やっぱり納得できない。 「殺さずに済む方法があれば……いいんですがね、タブラ……」  ごめんなさい、とニコはその場に膝をついた。

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