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第24話 間違えました

「──はあ……っ!」  ニコは勢いよく目を開けると、辺りは暗かった。やはりあのままストンと寝てしまったらしい。  目の前に見えるのはバーヤーンの静かな顔。どうやらニコが抱きついていたので、動けなくなったようだ。  彼のあまりの静かな顔にヒヤリとした。生きているのかと不安になり、息を潜めて彼の顔を覗く。  すー、すー、と寝息が聞こえてヘナヘナと力がぬけた。よかった、生きている。そう思ったらホッとしてニコの視界が滲んだ。 (殺してしまったかと……)  今の夢はニコが個人的に見た、ただの夢だったらしい。あまりにもリアルで自分の欲望が出ていたな、と思ったら泣けてきた。  あんな風に優しく抱かれたら、自分は自分を保つことができるのだろうか? 仕事だからと、バーヤーンはニコを丁寧に扱う可能性は大いにある。  そもそも、バーヤーンを無自覚に誘惑しているのが問題だ。自分の力がコントロールできていないのは、インキュバスとしても、悪魔としてもよろしくない。でも……。 「夢でよかった……っ」  一番守りたいと思ったひとを殺してしまう夢なんて、心臓に悪すぎる。  ぐす、と鼻をすするとバーヤーンが身動ぎした。しまった、起こしてしまうと再び息を潜めるけれど、ニコの願いは虚しくバーヤーンは目を開けてしまう。 「……どうした?」  ニコは慌てて彼に背中を向けた。泣いているところを見られては、彼はバカにするだろう。寝起きの彼の声が優しくて、胸が苦しくなるほどドキドキする。 「何でもありません。それよりすみません……その、だっ、……抱きついてしまってたみたいで……」 「それな。いい香りさせながら抱きついてくるから、流されないようにするの大変だったぞ」  また無自覚でバーヤーンを誘っていたと知り、ニコはいたたまれなくなる。それでも主人であるニコに、許可なく触れなかったのは褒めるべきだろう。 「襲わないでいてくれてありがとうございます……」 「まーな。意識ない奴をどうこうしてもつまらねぇ」 「……」  どうやらバーヤーンの基準はそこらしい。彼らしいといえば彼らしいけれど、とニコはそっと息を吐く。 「なぁ」  こっち向け、とバーヤーンは言う。ニコは涙を拭うことすらできていない状況なので、振り向くことはできない、と無視をした。 「じゃ、勝手に確かめさせてもらう」 「な、何を……?」  ニコは前を向いたまま固まっていると、衣擦れの音がして耳元ですん、と匂いを嗅ぐ音がする。  ひっ、とニコは肩を竦めた。どうしてここで匂いを嗅ぐのか、とニコはさらに固まる。しかしバーヤーンは構わずスンスンと匂いを嗅いで、やっぱり、と呟いた。 「ショウ様もいい匂いがしてたけど、誘われる感じじゃなかったな。あと女の匂いがしたけど、あれはくどくて好みじゃない」 「……それきっとお祖母様ですし、聞かれたら殺されますよ」  ニコは自分の香りが好みだと言われたような気がして、照れ隠しに口を尖らせる。匂いが違うというのは初耳だったし、やはり相性というのはあるらしい。というか、離れた城にいるはずの祖母の匂いまで分かるとは、バーヤーンの鼻はやはりよく利くようだ。 「という訳で、我慢できねぇから『仕事』してもいいか?」  そう言いながら後ろから抱きついてきたバーヤーン。飢えてるだろ、と決めつけられ心外だとニコは言うが、声に力はない。そのまま身体をひっくり返されたので、腕で顔を隠す。 「やっぱ泣いてんじゃん」 「泣いてません」 「嘘だな。お前、泣くと匂いが濃くなるから」 「……っ」  そっと腕を離された。目尻から零れた涙を、バーヤーンが舐め取る。 「ん……っ」 「こうしただけで、強烈に誘われるんだ。……はは、かわいいやつだな」  バーヤーンの言葉に思わず彼を見る。とても年頃の男子に向ける言葉じゃない、と言いかけたが声は出なかった。  バーヤーンは笑ってはいるものの、その目は完全にニコに欲情した光を宿している。ピアスがたくさん付いている彼の耳……その先が少し赤いのに気付いてしまい、ニコの顔が熱くなった。  そんな顔をされたら、仕事だとしても繋がりたくなってしまう。今しがた夢でバーヤーンを殺してしまったのに、インキュバスの本能が……いや、ニコの気持ちがバーヤーンを欲してしまう。  上に乗ったバーヤーンの下腹部がニコの身体に触れ、ムクムクと熱を帯びていくのを感じた。男は欲望がハッキリ見た目で分かるので、厄介だなとニコは思う。 「ああすげぇ、……クラクラする」  そう言って、バーヤーンは背中を震わせた。はあ、と切なげに息を吐く表情に煽られ、ニコはこれ以上見ないように顔を逸らす。 「ほらニコ、お前がいいと言わないと動けねぇ」 「……意外と従順ですよね、きみは……」 「お前に機嫌を損ねられると、将来の道が閉ざされるからな……」  それに、とバーヤーンは続ける。 「何で泣いてたか知らねーけど、慰められた借りは返さねぇと」  そうですか、と言いながら、ニコは両腕をバーヤーンに伸ばして引き寄せた。今の言葉の端々から分かるように、やはり彼は仕事としてここにいることに間違いはない。それなら、自分の想いはやはり彼にとって邪魔にしかならないだろう。  自分の我慢がいつまで続くか、不安だった。ふとした瞬間に好きという感情は溢れてくるから、悟られないようにしないと。  彼をそばに置いたのは間違いだったな、とニコは後悔した。

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