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第26話 これが僕のやり方です★

 約一日ぶりの学校は、いつもと雰囲気が違っていた。すれ違う生徒はもちろん、教師までもがニコたち……というかバーヤーンを見ている。  バーヤーンはいつも通り気にしていない風だけれど、これだけ刺さる視線を送られたら気付くだろう。  そう、バーヤーンを見る視線は冷たいものだった。なぜかはすぐに知れる。 「領地を奪われ家もなかったのに、王族に取り入って甘い汁を啜ろうってか。学校に来るのもお門違いだろ。ただの平民が」  侮蔑を含んだ男子生徒の言葉に、え、とニコはバーヤーンを見た。しかし彼は優秀で、ニコの言葉しか聞かないとでもいうように、表情を動かさない。  今の男子生徒の言葉が正しければ、バーヤーンの両親は殺されたということだった。あれは単なる『洗礼』ではなく、領地ごと奪われたってことだったのか。  なんてことだ、とニコは頭を殴られたような感覚になる。だったら、彼が授業を受けている様子がなかったのも頷けた。貴族の身分を失った彼は、学校に来る権利を──学ぶ機会を奪われたのだ。 (それでも彼は自分が領主になるつもりで、成り上がろうとしていた……?)  弟たちを守るために。  ニコはグッと拳を握る。本当に、自分はバーヤーンのことを何も見ようとしていなかったのだな、と自分自身に腹が立った。 「そこの」  ニコはバーヤーンを嘲笑した男子生徒を見る。生徒は返事なのか悲鳴なのか分からない声を上げて固まった。  許さない。バーヤーンを貶める奴も、彼を嗤う奴も。 「彼はとても優秀なので、手放す気なんてさらさらないですが、そう言うならきみが僕の相手をしてくれますか? もちろん、僕はインキュバスなので戦闘ではなく……こっちで」  ニコはニッコリと笑って生徒に近付き、背の高い男子生徒の胸元に擦り寄り指先で股間を撫でた。途端にその生徒は呻いて股間を押さえ、うずくまってビクビクと痙攣している。 「おや、そんなに力は使ってないんですけど。きみには刺激が強すぎましたか」  ふうふうと息を乱しながら顔を上げ、こちらを睨む男子生徒の手は、既に白く濁った体液でベトベトになっていた。そしてまた顔を顰めて射精していたので、この様子じゃ枯れるまでこのままだろう。  行きますよ、とバーヤーンに声を掛けると、彼は顔色も変えず「ああ」と言って付いてくる。香りの変化に気付いているはずなのに、何も言わないのは世話係になったからだろう。  しかし、ニコの周りにいた生徒たちは違った。一気に目の色を変え、ニコに駆け寄ってくる。 「ニコ様すごいです! さすが魔王様の孫!」 「アイツ、西の方の領地で結構エグいことしてたみたいっすよ! ニコ様が手をくだしてくださってせいせいしました!」 「ニコ様可愛い~!」  誘惑の魔力で引き寄せられた生徒たちは、口々にニコを褒めたたえる。中には「お、俺の嫁に……!」とズボンを膨らませて、それをさすりながら叫んでいる者もいた。そしてバーヤーンは、そんな彼らをそっとニコに近寄らせないようにガードする。 「みなさん、僕は昨日、正式に次期魔王候補になりました」  ニコは歩きながら、誘惑した生徒たちを引き連れつつ話した。 「ひいては学校から『洗礼』をなくしたい。いずれはそれを魔界全土に広げたい」  僕が魔王になった時、少しでも悲しむ魔族が減るようにしたい、と言うと、生徒たちはうんうん、と頷いている。  ここにいる生徒たちは、比較的魔力が弱い生徒だ。その証拠に、誘惑にかかっていない生徒は「ふざけんな!」などと叫んでいた。けれどそちらはまだ誘惑しない。少しずつ少しずつ、土に水が染み入るようにニコの考えを広げていくのだ。 (これが僕の考えた、僕ができること) 「ですから、『洗礼』を見つけたら僕に教えてください。絶対に、手を出してはいけませんよ」 「はい!」  『洗礼』されるのが不安なら、僕のそばにいてください、と付け足すと、一人も抜け出すことはなく教室まで付いてきた。そして授業もそのまま受ける。教師は定期考査さえ通れば何も言わない魔族が多いので、学年が違うもの同士、教えあったり一緒に悩んだりして勉強をした。 「ニコ様、こんな学校ならずっと通っていたいです」 「いい成績を取ればニコ様にお仕えできますか?」  そして休み時間になるとその魔族の輪がひとりふたりと増えていき、ニコは彼らの悩みを聞くことになる。  彼らが抱えていたのは一様に不安だった。バーヤーンのように領地を奪われるかもしれないという不安、学校で『洗礼』を受けるかもしれないという不安、中には結婚できないかもしれない、なんてことを言った生徒もいた。  だから、自分が本当に温室で育てられたんだな、と痛感する。バーヤーンの言う通り、高みから甘いことを言っているに過ぎなかった。  ニコは無言で控えているバーヤーンを見る。彼は仕事中らしく感情が読めない顔をしているけれど、ニコは心の中で改めて謝った。  そして、全校生徒の十分の一の人数に誘惑を掛けたまま、その日は平和に授業を終える。こうして徐々に人数を増やしていき、学校を掌握するのだ。  ニコは初めて意図的に魔族を誘惑した。掛かりすぎて性的欲求が出るほどの生徒もいたけれど、明日はちゃんと、好意で留まるよう仕掛けなければ。  そう考えると、改めて魔王は凄いと思う。インキュバスでもないのに、その美貌と立ち振る舞いで魔族を虜にしていくのだから。自然にひとを従えられるのは、持って生まれた才能だろう。  ニコは屋敷に帰ると、いつものようにルーティンをこなす。バーヤーンも同じくニコと一緒に勉強し、ニコの命令で一緒に食事をした。

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