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第36話 何も残りませんでした

「お祖母様、人間界にはとても強力な武器があるのに、この魔界にないのはどうしてですか?」  ニコは夢を見ていた。幼い頃の、祖母──オコトとの記憶。  祖母は王族の遠縁で、サキュバス。美しく波打った黒髪を揺らして、オコトは微笑む。 「いいところに気が付いたわね。魔界でももちろん武器を作ろうとしたわ。けれどね、そういった武器を扱うには魔力が邪魔だったの」  オコトが言うには、魔王と一緒に人間界で使われる武器を仕入れて研究し、同じものを作ることに成功したという。けれどいざ使おうとしたら、ある物は暴発し、ある物は引き金を引いただけで潰れてしまい、使い物にならなくなってしまったという。 「それは、『標的を破壊する』という意志を持って使われるものだから、無意識に魔力も注入しちゃうのよ」  そしてその魔力で、武器が破壊されてしまうらしい、とオコトは言った。ニコは魔界に剣や槍などの、筋力で扱う武器しかないのはそのためか、と納得する。そして、それ以上の恐ろしい武器なんて、魔界には必要ない、とホッとした。  ◇◇  ニコは目を開ける。  どうして祖母との話を思い出したのだろう、確か自分は戦闘を止めに来たのに、と視線を上げてギョッとした。  辺り一面、見渡す限り何もなくなっていたのだ。雨は上がっていたが、木々も、建物も、石畳の広場もなく、瓦礫と建物の基礎部分と──無数の魔族の死体が転がっている。 「……っ」  これは自分がやったのか? これほど広い範囲を破壊するのは、自分くらいしかいない。なんてことをしてしまったのだろう。  ニコが呆然としていると、今更ながら自分を後ろから抱きしめている魔族がいることに気が付いた。 「ニコ……っ、気が付いたか?」 「……っ、バーヤーン……!」  声の主が生きていて安堵した。けれど同時に振り返れないと思ったのだ。  あれだけ殺しはしたくないと言っていた自分が、西の領土を全て破壊してしまった。しかも敵も味方も関係なく、魔王の衛兵さえもいない。  ──合わす顔がないと思ったのだ。 「よかった……収まったようだな」 「……」  ニコはバーヤーンの腕をそっと外す。訝しげな声がしたけれど無視し、歩き出した。 「おい、ニコ。どこへ行く?」  どうやらニコが領地を破壊している間に、二人とも怪我は治ったらしい。  ニコは振り返らずに言った。 「西の掃討は済みましたので帰ります。バーヤーン、生きているかは疑問ですが、住人を戻して復興に向けて頑張ってください。やりすぎてしまいましたが、魔王様に掛け合って人手を用意……」 「ちょっと待て。帰るって、どうやって……」  バーヤーンに腕を掴まれ、ニコは反射的に振りほどいた。それでもニコはバーヤーンを見ない。見たら一瞬で涙が零れてしまうのが分かっていたから。  あれだけ偉そうに『洗礼』を禁止しておいて、この有様はなんだ、と思う。自分の言動に誇りさえ持っていたのに、呆気なくそれが崩れてしまった。しかも今回はタブラを殺した時とは規模が違う。生き残っているのはニコと、バーヤーンだけだ。  悔しい。何が悲しむ魔族を増やさないように、だ。 「ニコ……」 「……もう、その呼び方はやめてください」  帰ります、と言ってニコは走り出した。  守りたいものがあると言いながら、自ら守るべき民に手を下してしまった自分のことなど、名前すら呼ばれる資格はない。たった一人を傷付けられたのを見て暴走する王族など、魔王にふさわしい訳あるか、と唇を噛んだ。 「……っ」  口の中が血の味がする。ついでに唇まで流れてきた水滴がしょっぱい。雨は止んでいるのに、なぜこんな味がするのだろう?  泣くのはお門違いだ。なのに涙が止まらない。自分が奪ってしまった命の家族にしてみれば、断罪されて当然のことをした。やはり王族に恋愛感情は邪魔だ。バーヤーンを守りたい一心でこんなことをしてしまうなんて。  好きだと伝えられると思った自分が恥ずかしい。バーヤーンが守っていた領土を破壊しておいて、誰が告白できる? 「言えない……っ、僕は……!」  ニコは袖で涙を拭った。その服はいつもの詰襟の黒い服だ。赤い腕章も付いている。 「こんなもの!」  ニコは立ち止まって詰襟を脱ぎ、地面に叩き付けて棄てた。 「何が父上のような魔族になる、だ! 何が風紀委員だ! 何が『洗礼』禁止だ!」  やってることはどの魔族よりも残忍じゃないか。罪のない魔族を問答無用で殺して、お気に入りだけを生かした。現代魔王よりもはるかに私利私欲で動き、魔力のコントロールも不十分だ。  こんな自分を、誰が慕ってくれるのか。  ニコは膝をつく。ちぎれた魔族の腕が視界に入り、その手を握って胸に当てた。 「……ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」  殺してしまってごめんなさい。ニコはその場で声を上げて泣いた。もう二度と、こんなことにはならないようにしますから。この罪を償うために、どんなことでもしますから。  そう思ってニコは立ち上がる。そのためにはまず魔王に会って、現状をありのままに報告しないと。泣いている場合じゃない。  もう、自分の感情を優先させたりしない。  そう誓って、ニコは再び走り出す。  ──バーヤーンは、追っては来なかった。

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