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第40話 問題その一、です

 (おおやけ)のひととして、バーヤーンと付き合うことを周りに認めてもらうのは、必須だとニコは考えていた。  なのでまずは両親に、と思ってしっかり約束を取り付け、父たちがいるはずの屋敷に出向いたのだが。 「いらっしゃい、ニコ、バーヤーン」  出迎えたのは満面の笑みのショウだけだった。息子と言えど今は最高権力者、ニコを魔王としておもてなしし、最高の部屋で最高の食事も用意してもらったけれど、どこを見渡してもリュートの姿がない。  これでは肝心の話ができない、とニコが困っていると、ショウはその様子を悟ってか苦笑した。 「リュート、駄々こねてるだけだから呼んでくるね」  そう言っていそいそと出ていくショウ。ニコは斜め後ろで控えているバーヤーンを見ると、彼は感情の読めない顔をしていた。 「……緊張してます?」 「まあ、それなりに。俺はリュート様に嫌われてるから」 「嫌う?」  まさか父上に限ってそんなこと。そう思ったけれど、以前二人が顔を合わせた時、リュートの様子がおかしかったことを思い出した。そしてバーヤーンはニコの様子を見て、分からないならいい、と仕事の顔に戻る。 「何なんです? きみ、最近そういうの多いですよね」 「否定はしない。まあ、そういうニコがかわいいと思っちまうからな」  しれっと歯の浮くようなことを言うバーヤーンに、ニコは息を詰めて黙ってしまう。大体、自分は男なのにかわいいとはなんだ、と彼を睨むけれど、彼はどこ吹く風だ。  その時、部屋の扉が勢いよく開かれた。 「ニコ! 私は許しませんよ!」  大股でズカズカと入ってきたのはリュートだ。いつも冷静な彼なのに、今日は目に見えて怒っている。その後ろで、ショウが宥めようとしているのか、慌てて付いてきていた。 「父上っ、世継ぎが心配なのは分かりますっ。けれどどうか、僕たちを認めてくださいっ」  ニコは立ち上がって頭を下げた。けれどリュートの怒りは収まらず、すぐそばまで来る。 「……どうして、私たちと同じ(わだち)を踏もうとするんですか……っ」  ニコはその父の苦々しい声にハッとした。リュートたちも、同性同士で結婚し、一夫一夫制をとっている。彼らは比較的早い段階でニコを妊娠したけれど、周りからの圧力や批判はなかったとは言いきれない。 「相手が女性なら一億歩譲って認めましたがね。ニコが槍玉にあげられるなんて私には耐えられません」 「リュート!」  ショウが割って入ってくる。けれどニコは、父の言うことはもっともだと思ったのだ。多分リュートのように言ってくるひとは他にもいる。それを押してまでバーヤーンと付き合う覚悟はあるのかと、問われているのだ。 「ニコが認めたひとなら、僕たちは受け入れようって話をしたでしょ?」  約束を破るの? とショウはリュートに詰め寄っていた。するとリュートはだぱぁ、と音がしそうなほどの涙を流す。情緒不安定な父親だ。 「嫌ですっ。ニコがお嫁に行っちゃうのが嫌なんですー!」 「大体ニコは魔王なんだから、お嫁に行くんじゃなくて婿を迎える方だけどね? いい加減子離れしなよ」  おいおいおい、と泣くリュートをショウはヨシヨシと宥めていた。どうやらリュートは親離れしていくニコに、寂しくなって反発しているだけらしい。 「やはりあの時仕留めておくべきでした」 「リュート」  ギロリとバーヤーンを睨んだリュートをショウが止める。ニコはこの歳になってようやく、両親の力関係が見えた気がした。いや、魔力の力関係ではなく、精神的な力関係として。 「ショウ様、リュート様」  すると今まで黙って見ていたバーヤーンが、ニコの隣に並ぶ。そして深々と頭を下げた。 「ニコ様は絶対、俺が守ります。だから……」 「当たり前ですよ泣かせたらタダじゃおかないですから」 「ふふ、頼もしい旦那様だねぇ」  バーヤーンの言葉に涙目で睨みながら言うリュートと、笑いながら言うショウ。しかもショウは、もう決定事項のようにバーヤーンを旦那様呼ばわりだ。多分、リュートへの当てつけもあるのかもしれない、とニコは苦笑する。 「父上、お父様、色んな問題もひっくるめて、バーヤーンは僕を支えてくれると言ってくれました。だから……」 「……うん。実はね、僕たちが付き合う時も、先代魔王様は即答で許してくださったんだ」  ショウが言うには、身分違いの恋で首をはねられると思っていたリュートを、後押ししたのは先代魔王だったという。先代は、きちんと自分や周りと向き合っていれば、問題は次第に解決していくだろう、との考えだったらしい。魔界全体のことは二の次だった。そして、ショウたちもそれに倣うことにした、と。 「ニコ、きみは僕たちから継いだ魔力と、先代魔王様から継いだ魅力がある。だから大丈夫」  そう言ったショウの瞳はいつになく強かった。大人しいけれど、優しくて強いショウ。力が強くて真面目なリュート。そんな二人に、ニコは憧れていたんだった、と思い出す。 「ニコ」  ショウに続いてリュートが唇を尖らせながら言う。 「困った時は……いや、困らなくてもここへ遊びに来なさい。ニコは私たちの大事な一人息子ですから」 「分かりました、お義父さま」 「まだ貴方にそう呼ばれたくありません」  存在をアピールするバーヤーンを、リュートはすぐさま睨みつけた。けれどニコの大切なひとという認識はあるらしい、前回よりも少しだけ……ほんの少しだけ態度が軟化している。 「ありがとうございます、父上、お父様」  同性の両親という複雑な環境ながら、ニコがまともに育ったのはほかでもない、両親のおかげだ。これからも二人に恥じない魔王でいたい。  ニコが笑ってそう言うと、リュートは今度こそ男泣きした。

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