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晒された命20

 否定、しなかった。  類沢に釘を向けると。  釘は凶器。  凶器は殺意。  頼むから、約束を守ってくれ。  その一瞬が大事なんだ。  あの身体能力なら、それだけで雅樹から奪い取れるはずだ。  視界が暗くなる。  世界が遠くなる。  あいつ……何倍のを使ったんだ。  確実に俺を眠らせておきたいんだろう。  邪魔されたくないんだろう。  聞かれたくないんだろう。  でも、ごめん。  俺は聞かなきゃダメなんだ。  だから薬を吐き出した。  手足が動かなくなる。  ダメだ。  眠ってはダメだ。  舌を噛む。  でも力が入らない。  朦朧とする意識の中で、雅樹の言葉が反芻する。 ―死にたいの?―  じゃあ、あんたは誰をヤる気だ。  それだけはさせない。  先生。  迷わないでくれ。  俺が作った隙を、潰さないで。  もし、迷ったら?  それこそ、本当に会えなくなる瞬間だ。  時間の感覚が消える。  せめて、早く来て。  先生。  病院に着くと、瑞希はすぐに白衣の連中に運ばれていった。  ガタガタ。  転がる音。  器具が揺れる音。  何かが装着される音。  耳元には全てが押し寄せ混ざり合うように届いた。  救急外来にしては珍しく、人はいなかった。  音が扉に吸い込まれ、閉じる轟音の後に何も聞こえなくなった。  肩でしていた息も、静かになっていた。  携帯を取り出す。  番号を押そうとして、思い出した。  瑞希には、ここに来る肉親がいないことを。  妹は県外の実家。  日付が替わる前には来られない。  番号もわからない。  宙に止まった指先が、力なくある数字を押した。 「……もしもし?」  少し焦った涙声。  後ろで聞き慣れた声もする。 「麻那さん」 「雅? 雅なのね。アナタ今どこにいるのよ、もう三時間にもなるわよ」  本当に、貴女は母だ。 「なんで、病院なんかに」 「今日は帰れそうにありません……約束を破るのは二回目ですね」 「いいの、そんなこと。なにがあったの? 瑞希って人は一緒なの?」 「一緒でした」  受話器の向こうで、貴女は混乱しているだろうか。  僕の代わりに。 「あっ。ちょっと有紗ちゃ……」 「類沢せんせっ! どこにいるんですかっ。今日、せんせに伝えたいことがあるんです! 私は……」 「仁野有紗。あとでいくらでも聞いてあげるから、今は黙って」

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