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晒された命21

「せん……せ」 「麻那さんと、待ってて」  切ろうとしたとき、有紗が叫んだ。 「待ってます! 私は絶対せんせを待ってますから! 裁判になんかせんせを奪われたりしないんだから!」  ピッ。  右手が重力に従い、下りる。  鼓膜を揺らすのは、有紗の言葉ではなくて、救急車が来たとき瑞希が呟いた一言。  意識が戻った訳ではない。  譫言のような、一言。 ―助けて……先生―  そこで切れたと思った。  だが、瑞希は唇を動かした。 ―西……雅樹を、助け……て―  瑞希は雅樹と何を話したんだろう。  嫌に冷静な頭に手を添える。  目を瞑ると同時によろめき、壁にもたれた。  こうしてはいられない。  足を引きずり、瑞希の残像を追う。  カツンカツン。  カツン……カツン。  自分の足音だけが、廊下に響く。  赤い光が灯っている。  強固に閉ざされた扉の上に。 「親族ですか」  書類を抱えた看護婦。 「教師です」 「親族の方に連絡は着きましたか」  疲れた顔をした彼女が、ふらつく体に手を伸ばす。  類沢は丁寧にその手を拒絶した。 「いえ。両親を最近亡くしたんですよ……あのバス事故で」  この病院も患者が来たのだろう。  看護婦は表情を暗くし、短く「そうでしたか」と答えた。 「容態は?」 「非常に危うい、と言うしかありません。骨の間を心臓付近まで深く貫通した傷のせいで出血多量……腕の傷も骨と血管を削っています。それと……」  目が床をさ迷う。  言うのを躊躇うように。 「それと、なんですか」 「あ、えと。過剰量の睡眠薬による昏睡状態に陥っていたようで……脳に障害が残る可能性もあります」  睡眠薬。  頭痛すら感じない。  瞬き一つ出来なかった。 「とにかく今は、手術の成功を祈るのみです」 「成功率は?」 「……執刀医によりますと、五十パーセントということです」  五十パーセント。  死ぬか、生きるかが、同等。 「では、私はこれで……あちらに温かい飲み物があります。無理をなさらないで下さい」  看護婦がいなくなり、椅子に座る。  釘数本で、人は死に至る。  こんなことを、こんな形で知るとは予想もしなかった。  雅樹に昔、喧嘩で武器だけは使うなと指導したことがある。  でも、彼は手放さなかった。  あの頃の過ちが、今になってこんな結果を生むとは。

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