17 / 341

郷に入ればホストに従え09

「何をそんなに怒ってるの?」  この男は……  俺は玄関で立ったまま動けずにいた。  気にしないように類沢は部屋の中に入ってゆく。 「理由を教えて下さい!」  叫ぶと、すぐに彼はスーツを脱いだシャツ姿で戻ってきた。  ワックスのついた髪を乱して、煙草を片手に。 「なんの?」 「部屋を取り払った理由です! 俺の荷物もなしに!」 「だって借金返済を早くして欲しいからさ。家賃だって馬鹿にならないだろ。大学も返済終了するまで行かせないから」  だから、何を言っているんだ。 「携帯と財布は持ってるよね」 「はい」 「なら大丈夫」  なんなんだ。  俺はホストに生活費やさなきゃいけないのか。 「今日から……ここで暮らせってことですか?」 「そう」  あっさり言われて眩暈がした。  類沢が心配そうに手を伸ばす。  支えられると、煙草の匂いがした。  嗅いだことのない種類だ。 「ほら、酔い醒まさないと」  俺は脱力したままリビングに連れて行かれた。  氷の入ったお茶を渡され、警戒しつつも口をつける。 「……!」 「あ、苦かった?」  深呼吸をするが、渋みが喉まで来る。 「なんすか、これ…」 「抹茶」 「は?」 「いや、酔い醒ましには丁度いいかなぁって」  煙草を金色の灰皿に置くと、自分の分を飲み干す。  上下する喉を凝視してしまう。  体の全てのパーツが惹きつけられる。  なんなんだ、本当に。 「いつも、抹茶飲んでるんですか」 「変?」 「変て言うか……イメージじゃないんで」 「イメージねぇ……」  類沢は真顔になって、煙草を咥える。  沈黙が重い。  そもそも、彼は赤の他人だ。  なんだ。  なんで、二人きりなんだ。  ワケがわからない。 「僕のイメージってどんな?」 「え」 「歌舞伎町NO.1ホスト類沢雅?」 「……えと」  類沢は虚しそうに空笑いした。 「ほら、会ったばかりの人でさえ、そのイメージなんだよね」  グラスを流しに運ぶ背中に、凄く寄り添いたくなる寂しさが漂う。 「お腹空いてない?」 「空い……てますけど」  類沢はキッチンから出てくると、財布を手にとって俺の肩を叩いた。 「外に食べに行こう。デビュー祝い」 「ホストの?」 「そう」  おめでたいだろう?  そんな口振りが、一層空気を空しくさせた。

ともだちにシェアしよう!