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郷に入ればホストに従え08

「あとその個室ね」 「はい!」  閉店後、店内の掃除に続きトイレの掃除を任された。  新人は自分以外にも二人いて、一夜と三嗣という名前だ。  同い年の一夜がお兄さんで、三嗣が弟らしい。 「千夏だけが上に上がっててさ、三人兄弟な訳」 「ナニソレ! 兄弟全員でホストやってんの?」  俺はブラシをカタンと落とした。  急いで拾うと、一夜がまた口を開く。 「両親がいなくてね。深夜の道路工事じゃ体力的にキツい。しかも大学に行く金なんて無いからさ、就職も大変だろ」 「はぁ……」  そうか。  色んな事情を抱えるホストもいるんだなぁ。  流しを終えた三嗣がスキップ気味に戻って来て笑った。 「ま、なによりホストが楽しいからやってるんですけどね」 「え」 「だって計算とか、接待とか面倒くさいことしなくて済みますし」 「計算と接待を同じ計りにかけるな」  一夜がコツンと頭を叩く。  仲良しだ。  見て取れる。 「目指すは類沢さんです!」 「トップに着きたいの?」 「そりゃ、そうですよ」  瑞希さんは違うんですか。  三嗣の目はそう訊いていた。  二つ年下。  まだ十八になったばかりの彼でさえ、そんな野望があるんだ。 「俺は……借金返せれば」 「借金?」  一夜が眉を潜める。 「あ、ほら。昨日ボトル割った……」 「あー! 瑞希さんだったんですか、あれ。ルイ四本でしたっけ? 災難っすねぇ」 「三嗣」  兄に凄まれ、口をつぐむ。 「瑞希だって辛い日々が始まるんだから、お前がフォローしてやれよ。他人ごとにとってるんじゃねえよ」 「え」 「いち兄……わかったよ。瑞希さん、頑張りましょうね!」 「あ……はい」  タイルを磨き上げ、俺達はトイレを後にした。  荷物をまとめて帰ろうとしたが、事務室から丁度出て来た類沢に捕まる。  一夜と三嗣が焦りながら別れを告げ、出て行く。 「終わったの?」 「はい」  類沢が店内を見回す。 「どうだった」 「わかんないことばっかで……」  ふっと息を洩らす声が聞こえた。 「すぐ慣れるよ」  すぐに、と付け加えて俺の背中に手を回す。 「わっ」 「ナニ?」 「い、いや……手」 「アパート引き払ったから」 「は?」  俺は瞬きを繰り返してしまう。  引き払った?  え?  部屋?  俺の部屋の話をしてるのか。 「だから、帰るよ」

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