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随分未熟だったみたい09

 空になったグラスを運び、洗い仕事をこなす三嗣に渡す。 「あれ? 瑞希さんどうしたんですか、そんなピッチリ着ちゃって」  俺は一番上まで留めた襟元を、素早く手で隠す。 「いや……今朝ちょっと」 「ああっ。大変でしたよね」  カチャン。  壁に固定された二本の鉄にグラスを引っかけていく。 「玲でしたっけ。あいつえげつないドラッグ集めてますから……本当に厄介ですよね。痣でも出来たんすか」  途中から気が気じゃなかった。  次から次へと思い出したくないことをいってくれる。 「えと、そういうんじゃないから」  早く立ち去りたくて、後ずさる。  三嗣は手を止めた。 「瑞希さん」 「な、なに?」  冷や汗が流れる。  空気が固まって動けない。  勘づかれたのだろうか。  襟の中に隠したキスマークに。  そういえば、初めから三嗣は俺を疑っていた。 「あの」 「お大事に」  明るい笑顔に脱力する。 「ありがとう」  パッパッと水を払い、専用の布巾を棚から取り出す。  慣れた手つきでグラスを拭う。 「今日は一兄とローテーション組んでますから瑞希さんは休んでください。トイレ掃除も大丈夫ですから」 「え?」 「チーフが今日はよく店内を見て回ってるでしょ。蓮花さん来るんですよ、そういう日です。急いで出迎えにいった方がいいんじゃないですか」 「そうなのか、わかった。ありがとうな!」  早足で店内に戻る。  玄関に向かおうとした時、視線を感じ取った。  店の中央から。  一瞬だけそちらを確認する。  離れてもわかる蒼い眼。 「類、沢さん?」  呟き終わる前に目線は隣の女性に向いてしまった。  けど確かに、確かに見られていた。  ドクドクと血が騒ぐ。  行為を覚えている体が疼く。  今はあんなに遠くにいるのに、体を密着させていた感覚が生々しく蘇る。 「はっ……」  なんとか深呼吸しようとする。  けど上手くいかない。  足を後ろに下げる。  玄関ではなく、俺は手洗いに向かった。

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