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最悪の褒め言葉です22
「ねえ」
「はい?」
帰りがけに見送る俺に蓮花が囁いた。
「聖が帰ってきたら貴方はどうする?」
えっ。
言葉に詰まる。
聖って、あの聖だろ。
俺を監禁して、類沢に薬を打って失脚させようとした。
帰ってくる?
「なんの話ですか」
「ふふ。また今度ね」
颯爽と彼女は夜の闇に去って行った。
閉店後、店の外で夜空を見上げている俺の隣に類沢が現れる。
「お疲れ様」
「ハルさんもお疲れ様です」
今夜はいつもと違って髪を左右に分けて下ろしている。
いつもより少し黒目のサングラスとよく合う。
そのせいか、なんだか陰を感じる。
ヘアスタイルって重要なんだな。
「今日は蓮花さんが来ていたね」
「はい。俺、怖いって言われました」
「へえ? 本当に?」
どちらからともなく歩き出す。
「なんていうか怖いっていうか……忍のこと考えすぎて顔に出てたみたいです。眉間の皺も凄かったみたいで」
「ああ。それね」
俺は類沢を見上げる。
「あのっ」
「ん?」
あ……
言えなかった。
「なんでも、ないです」
言わなきゃなのに。
この闇のせいだろうか。
歌舞伎町という町の空気のせいだろうか。
妙に場違い。
あの図書館で感じたのと同じ。
この町で治療費の話など、場違い。
たとえ緊急を要するものであったとしても。
そんな気がした。
肌寒い感覚にとらわれる。
やだな。
それ。
「瑞希」
類沢の優しい声に我に返る。
「なんですか?」
「この街に慣れるのはそう難しいことじゃないよ」
「へっ」
一回試してみたい。
本当に心が読めるんじゃないかって。
類沢はポケットに手を入れて宙を見ながら続けた。
「どの場所にも温度がある。人間は恒温動物だけど、少しくらいなら温度の変化に順応出来る。だから柔らかく物事を見るんだ。そしたら慣れる。住めば都っていうのは案外どこにでも通用すると思うよ」
「どこにでも……柔らかく……」
俺は夜の街を眺める。
色んな事情を持った人間たちが歩いている。
関わることのない無数の人たちを。
「じゃあ、る……ハルさんはこの街好きですか」
「嫌いだよ」
「ええっ」
余りの即答ぶりだった。
「あははは、それとは別」
「ええー……」
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