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あの店に彼がいるそうです10

 車のライトがロック解除に反応して瞬く。  運転席に乗り込み、河南が助手席のドアを開くのを眺める。  だが、河南は置いてあった荷物だけ取ってドアを閉めた。  バタム、と音が車内を揺らす。 「河南?」  窓を下ろして問いかける。  彼女はハンドバッグを両手に提げて、ゆっくりと唇を持ち上げて微笑んだ。  変わらない。  穏やかな表情で。 「いってらっしゃい。瑞希ちゃん」  俺には何故か、バイバイに聞こえた。 「な、なに言ってんだよ。乗って」  フルフルと首を左右に。  栗色の髪が舞い、ぱさりと落ち着いた。  ぷくり、と膨らんだ唇が開く。 「篠田さんに言われたんでしょ? オペラに来いって」  鼓動が止まった。  そんな、一瞬。 「なんで、わかった?」  態度に出さないように。  いや、現実味がなかったから。  俺はだから至極冷静だった。  伝わるわけないのに。  窓の燦に腕をかけて河南が顎を乗せる。 「あのねえ、瑞希。私はキミの彼女なんだよ。篠田さんのオペラに唯一入った一般人でもあるよね」  珍しくおどけた声で。  駐車場にはひっきりなしに車が入り、出ていく。  そんな喧騒も河南が打ち消す。 「ホストに戻ったら、いつか類沢さんに会えると思うの。今みたいに手探りじゃなくて。確実に。だってほら、類沢さん、瑞希のこと大好きだから」 「河南」 「あの時ね。初めて瑞希とシエラに行った日、覚えてる? 私は酔っちゃって、で、お手洗い行ったあと瑞希が高いお酒割っちゃったんだよね。その時類沢さんに『彼氏をお借りします』って言われてさ」  なんで、そんな覚えてるんだ。  あの時の河南は泥酔して眠りかけてたのに。 「ねえ、信じられる? 私あの二週間前にシエラに行ったんだよ。そのときは、遠くから見ただけだった。通りすがりに会釈してくれたくらい。類沢さんね、絶対一般客になんか付かないの。働いてた瑞希ならわかると思うけどさ。なのに、いきなりの指名に応えて閉店間際まで私達と一緒だった」  そんなこと……  考えたこともなかった。  確かにそうだ。  働いてる間、類沢さんが初の客に付いたことなんてなかった。  だってあの人には何人も相手しなきゃいけない太客がいたから。  え?  なら、どうして俺たちに。 ー気に入ったからー  ドクン、と大きく脳が波打った。 「類沢さん、瑞希のこと好きでしょ?」

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