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あの店に彼がいるそうです11

 二回重ねた質問は、重みが違う。  俺は唾を飲み下して、動揺を薄めようとした。 「瑞希。類沢さんのこと好き?」  答えない俺に更に重くそれがのし掛かった。  河南はただ、首を腕にもたれかけて俺を見上げて待っている。  開いた窓から入る風は、まるで河南から生まれて吹いてきているように感じた。 「類沢さんと同じくらい、好き?」  そこで、四人で居た車内の会話が甦る。 ー大事な人はいますよね?ー ーなんでわかるの?ー ーだって類沢さん、恋してる眼してるじゃないですかー  篠田チーフの爆笑が続く。 「あ……」  ここでの肯定は何を意味する?  そんなのわかってる。  俺は……  こんな無様に探して。  なんでいないんだって憤って。  鵜亥の元に居たときも。  どっかでヒーローみたいに現れる気がしてて。  下唇を知らぬうちに噛み締めていた。 「だからね、いってらっしゃい。瑞希」  まるで俺が返事をしたとでも言うように河南はもう一度そう云った。 「私はね。待ってるよ」 「待ってる?」 「オペラに会いに行くよ」  前触れもなく、涙が頬を伝った。  自分でも戸惑う。  それは河南も同じだったようで、濡れた頬を指で拭ってどうしようもなく笑った。 「ホストとお客さん。そこからもう一回」 「……違うだろ」 「んーん。もう一回だよ。やり直すの。類沢さんがいる世界でね」 「俺たちは」 「まっしろ」  河南は手を伸ばして俺の肩を掴んだ。 「まっしろだよ。瑞希。そこから選んで」  俺が決めきれないから。  それを側で見てきたから。  だからこぼれでた本音。  曖昧な俺を押して。 「もう。泣かないで。瑞希は泣かないで。いっぱい泣いたんでしょ」 「ごめん」 「謝るのはもっとなし」  うふふ、と悪戯っぽく手を離す。 「休みだからね、長野のおばあちゃんとこに行くの。電車で。だから、バイバイ」  もう行かないと。  新しく入ってきた車が待っている。  安いレンタカーのエンジンをかける。  河南がバックを確認するため後方に下がった。  ガソリンスタンドの従業員よろしく手を振って合図する。  俺はのろのろと車を引き出し、出口にハンドルを切った。 「河南」  窓から身を乗り出して呼ぶ。  彼女は小走りで俺のもとに来た。 「きっと瑞希ちゃんなら会えるよ」  下がろうとした河南の腕を引き寄せキスをする。

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