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あの店に彼がいるそうです13
「遅いぞ」
電車を乗り継いでへとへとになった俺を篠田の苦い顔が迎えた。
あの時のように、陽光に照らされた教会の如く華やかなオペラ。
いつの間にか玄関には大量の花が並んでいた。
甘い香りが肺をくすぐる。てか
「す、すみません。てか……いきなりで」
顔を上げると、篠田の後ろに二つの人影が見えた。
「よ。瑞希」
「一夜! 久しぶり」
千夏のスーツじゃない。
新調したての青いそれを眺める。
「よろしく。千夏に勝つ修行だ」
「三嗣寂しがってたんじゃない?」
「……まあ、な」
それからもう一人が俺の前に立った。
柄の悪そうな男をテーマにしたみたいなじゃらじゃらした服で。
暑さのせいだけじゃない汗が流れる。
あれ?
こんな風に近づいたのって裏口以来じゃないか。
「晃さん……」
「百万」
「え?」
「あの時の百万は取り消してやる」
ぱちぱちと瞬きしてしまう。
瀬々は、ぐいっと俺の襟を引き寄せて囁いた。
低くてゾクゾクする声で。
「その代わり篠田さんの夢のこの店でヘマしたら殺してやるから」
とん、と突き飛ばされる。
なんだ?
その本気の眼。
篠田チーフの夢。
何故か、温かい笑いが込み上げた。
「てめ、何笑ってんだよ」
「は、はは……だって、晃さん篠田チーフのこと好きだったんだって。意外で」
「おいやめろ。俺は晃なんぞに入れられる穴じゃねーぞ」
「篠田さん! そこはタマでしょう!」
「真面目に突っ込んでんじゃねーよ。あ、突っ込みたいのか、お前」
「いい加減にしてくんねーすか」
「一夜、なにこれ」
「類沢さんレスでチーフ壊れてるから。最近こんなだよ」
こんな、平気なふりして。
そうだよな。
俺なんかよりずっとそばに居た篠田チーフ。
この店の開業だって、隣には……
「さて今回お前ら三人集めたのは他でもない。明日からオープンするオペラでリハーサルをしてもらうためだ」
「明日!?」
三人のホストが示し合わせたわけでも無しに同時に叫んだ。
嘘だろ。
「まあざわつくな。どうせ明日はお前らの少ない客と俺の現役時代の知り合いしか来ない」
「いやあの俺、そんな急に言われても」
「開店は一時間後。スーツは用意してある。予行といえど大事なゲストだ。心しろよ」
どこか楽しげに言うから、つられてオペラに入っていくしかなかった。
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