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あの店に彼がいるそうです14

 あの時は、シンメトリーの螺旋階段がある広間だった空間が、美しいクラブに様変わりしていた。  独特な曲線を描いた黒テーブルが不規則に、しかし居心地よく配置され、柱がうまく個人テリトリーを仕切っている。  ソファは女性の服が映えるようにと淡い蒼と白が交互に。  しかし取り寄せた家具の臭いはなく、柱に飾られたウォールフラワーからか、上品な香りが満ちている。 「スフィンクスの真似ですか?」 「ホスト全員に同じ香水を強いるよりは粋だと思うが?」 「玄関の上に薔薇窓とか凄いですね」 「スポンサーがどうしてもと」  ああ。  どれだけの金が使われてるかなんてわからない。  でも、惜しみ無い散財には爽快感が伴う。  本当に作りたかったんだ。  この世界を。 「ロッカーと休憩室は左手。事務室とカウンターは右にある。場所把握しておけよ」 「あの、チーフ」 「なんだ?」 「今夜は、誰がいらっしゃるんですか……?」  先に行った一夜と晃が完全に角に消えてから篠田は口を開いた。 「お前を一番応援している奴と、お前が会うべき奴の二人だ」 「それって」 「用意しろ」  踵を返して篠田は事務室に消えた。  ドクン。  ドクン。  喉が乾く。  いや、違うって。  期待するな。  なんの確信もないんだから。  意味ありげな言葉に支配されるな。  ズクズクと頭が痛む。 ー開店までには戻ってきなよー  それが、最後に生で聞いた言葉。  どっちがだよ。  あんたこそ、消えたじゃん。  ロッカーから準備されたシャツを取りだし腕を通しながら宙を睨む。 ー契約相手って……鵜亥じゃないよねー  あんたは何を知ってたんだ。  忍の手術代を出せないと説教された夜を思い出して溜め息を吐く。  なんだよ。  甘すぎたから、これから厳しくするって。  あんたの隣に並ぶの楽しみにしてるって。  カチン。  追い付いて見せろって笑ったじゃん。  カチン。 「瑞希、ボタン」 「大丈夫」  上手く填まらないボタンを無理やり捩じ込む。 「一夜の客は?」 「向居さんとか、美代さんとか」 「あ、あの着物の人とギャルの」 「相番どう行けば良いか試されてるよなあ。コレ」  そこで出ていきかけた晃を振り返る。 「晃さんは?」 「てめえが溢した酒でキレた客」  返す言葉を考えてるうちに扉が閉まった。  まだ許してはないんだ。

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