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あの店に彼がいるそうです15

 髪のセットと、薄化粧で隈隠し。  習った通りに、いつの間にか手慣れて。  鏡を触れる。  初めてシエラに行ったとき、栗鷹診療所で治療した日、家の洗面所。  何度も鏡越しに目線を交わした。 「俺はここにいますよ」  きゅ、と指をずらして部屋を出る。 「これを?」  渡されたものを見下ろして俺は眉をしかめた。  一夜と晃は事前に聞いていたらしい。 「外せるのは二階のVIP指名されたホストだけ。お前は紅茶飲んだだろ?」 「客室の?」 「少し改良した。顔を見たければそれなりの金が必要になるシステムだな」  もう一度仮面を眺める。  オペラ。  仮面舞踏会。  顔という身分の秘密。  篠田は何故、それを実現したかったんだろう。 「客もつけるんですか?」 「一応な」  ここはホストクラブという名の舞踏会。  なるほど、シエラとは違う。 「覆したいんですか? 歌舞伎町を去ってまで」 「実験だ。今のところは」  話題にはなるだろう。  そこから先は客次第。  秘密を暴きたいか。  否か。  もうすぐ開店。  俺は小さな二つの穴が並んだそれを、ゆっくりと顔に近づけた。 「オペラへようこそ」  お辞儀をして、顔を上げる。  紅い派手なマーメイドラインドレス。  紫で縁取られた銀の仮面。  一目で気づいた。 「お久しぶりです」 「似合うわね。瑞希」  オーダーしたスーツを撫で、蓮花が俺の手を触れた。  ここでの初の客。  シエラでのエース。  そう言うのもおこがましいほど短い期間ではあったが。  奥の席へと誘う。  ぎこちなくないだろうか。  隣の蓮花の顔は髪と仮面に隠されて見えない。  それが妙に心臓を騒がせる。  非日常。  仮面ひとつで常識は破綻する。  面白い。  そして怖いな。 「今日はオペラデビュー祝いと、瑞希に話したいことがあって来たのよ」  ウェルカムドリンクを一夜が持ってきて、すぐに出迎えに戻った。  緩く乾杯して、仮面の中の眼を覗き合うようにグラスを飲み干す。 「チーフが言ったんです。これから俺を一番応援している方が来ると。貴女だったんですね」 「他にいるかしら?」 「いませんね」  クスクス笑う。  なんて肩のラインが綺麗なんだろう。  俺はやはり、この人に金を払わせて飲む人間には値しない気がした。 「こんなお伽噺があるの」  蓮花はそう切り出した。

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