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あの店に彼がいるそうです25

 初めて会ったとき、直感を信じた。  こいつなら夢を託せると。 「雅」  月を背に、完璧な男が振り返る。  ああ。  完璧だ。  お前の支えなんて要りはしない。  そうだろ?  そうやって来たじゃないか。  施設から逃げ出してずっと。  一人で生きてきたお前に、今更母も姉も必要ないんじゃないか。 「どうしたの……春哉」  お前の隣の彼女は事情を知っている。  そんな笑みを浮かべているだろ。  仮面を外して。  汚れなき素顔で。  何一つ、非はないと。  美しい女性だ。  蓮花も相当だが。  鏡子といい、周りの女は普通じゃない。 「店で何か……」 「招待は受けました。もうよろしいでしょう」  場を制する凛とした声。 「ええ。確かに今夜の用件は終わりです。弦宮様。でも、チーフとして、こいつにまだやってもらいたいことがあるんです」  雅が戸惑いの色を浮かべる。  脆くなったな。  お前。  青年の時よりも。  ずっと。  秋倉に見せた殺気はどこに捨てたんだ。  太客を惹き付けたオーラは?  なに油断して少年に戻ってる? 「ダメよ」 「麻那姉さん」  雅の声を聞かずに麻那は篠田に歩み寄り、耳許に顔を近づけて囁いた。 「……ごめんなさい。これはケイからの頼まれごとなの。宮内瑞希は栗鷹診療所に任せれば命に別状はないわ」  瞳孔が開かれる。 「あんた……」 「あの子は雅を惹き付ける。私には時間があの子ほどないの」 「どういう」 「時間がないのよ」  すっと離れた麻那の手には、篠田の仮面。  それを悪戯っぽく付けて、彼女は雅の元へ戻る。  触れてはいけない。  そんなものを感じた。  感じてしまった。  美人薄命というやつか。  雅の話だと、彼女は既に四十を迎えて……  考えても仕方ない。  今やオペラ座の主役は彼女に奪われた。  何もない眉間を押さえる。  雅。  お前は、だからそこにいるのか。  目の前の彼女の人生を見守るため。  そこにいるのか。  それはあまりに  惨いじゃないか 「春哉」  握り締めていた拳から力が抜ける。  雅が目の前にいた。  似合わないな。  その髪型。  客も減る。 「なんだ」 「今日は……失礼するね」 「ああ。呼び止めて悪かった」  二人が肩を過ぎていく。  無様だ。  至極、単純なこと。  お前に、ここに……  月が翳った。 

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