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第7話 【佐々木視点】好きで好きでたまらない
「そういや佐々木ってキスしたことある?」
宮下の口から飛び出した突然過ぎるその問いに、俺の頭は一瞬フリーズする。
「な、ば、なに、急に」
いきなりそんな事を聞かれて、自分の下心がバレたのかと恥ずかしいくらい焦ってしまった。
このところ自分でもちょっと引くくらい、宮下に対して好きだと思う気持ちが高まっていて、一緒にいたい、触れてみたい、独占したいという気持ちが抑えられなくなってきていた矢先の事だったからだ。
最初は変わったヤツだと思っただけだった。
あの流れでなぜか交換する事になったラインに本当に連絡していいものかも迷ったくらいだ。でも、好きでもない女の子たちに毎日付き纏われてすぐ側で騒がれて、心身ともにだいぶ疲弊していた時期で、日々溜まってくる暗い感情に耐えかねて結局はラインしてしまった。
最初はもし言いふらされたとしても実害のない話をちょっと吐くだけ。それでも男友達に本音を漏らせるというのは俺にとっては貴重で、気づけば頻繁にラインするようになっていた。
宮下は本当に俺のグチを聞くだけで、他に言いふらしたりする事もなければ何かを要求してきたり無理に距離を詰めて来ようともしない。俺のちょっとした悩みに、ただひと言ふた言返すだけ。
それが分かってからは、むしろ自分から距離を詰めた。
初めて招いて宮下を家に招いた時は自分でも呆れるくらい緊張した。
小学校五年生の時、なんの話の流れだったのか女の子を家に呼んでしまって、翌日からその子がイジメられるという苦い経験があった俺は、誰かを家に呼ぶと言う事に、恐怖心といってもいいくらいの抵抗があったからだ。
そんな事情なんて知るよしもない宮下に、悪いと思いながらも地図だけ送って自力で辿り着いてもらって、俺の家の玄関に無事宮下の姿を見た時は嬉しくてしょうがなかった。
俺の家に宮下が居る。俺の部屋で宮下がくつろいでる。
俺が話す事に頷いて、返事して、楽しそうに笑ってくれる。
嬉しくて嬉しくて、宮下が帰ってからも話の流れで知った宮下の家を眺めながら一人でニヤついた。こんなに幸せでいいのか、とその夜は眠れなかった。
その日から宮下は時々家に来てくれるようになって、学校での遠さが嘘のように距離が縮まっていく。
宮下が俺の部屋へ来るのを楽しみに思えるように、好きそうなマンガやゲームを揃えて、好きなお菓子を買った。宮下が苦手な数学を少しでも分かりやすく教えるために予習、復習も欠かさない。
これまで無趣味で空虚だった毎日が、信じられない程忙しくて楽しくて有意義に思えるようになった。
努力のかいあって宮下が毎日来てくれるようになった今では、関心はもっぱら、どうやったら宮下に俺の事を恋愛対象として見て貰えるかになっている。
宮下の事が、好きで好きでたまらない。
宮下にとって、唯一無二の、一番大切な人になりたい。宮下に触れる事を許される、たった一人になりたい。
俺も思春期の男だけに、好きという気持ちが性欲に直結してくるのは否めない。ゲームをしてても宮下が夢中で操作してる姿が可愛くて、集中できずに負けてばっかりだ。
「そういや佐々木ってキスしたことある?」
この爆弾発言を聞いたあの日も、ちょうど俺は宮下が可愛過ぎてよからぬ妄想に浸っていた。
宮下がベッドに寄りかかったまま俺が用意したクッションを抱いて、ぼんやりテレビを見ている様があまりにも無防備で、いっそのこと押し倒してキスしたい……と妄想していたところに、「キスしたことある?」なんて聞かれてつい過剰反応してしまった。
けれど宮下は別に疑問を抱いた風でもない普通さで、俺は内心ホッと胸を撫で下ろす。
キスの経験は無いと答えると至極残念そうにされた上、されそうになった事ならあると言えば異常に喜ばれる。しかも宮下ときたら俺の気持ちも知らないで、思いっきり羨ましがっているのが悲しい。
「うわぁ、されそうになってみてぇ~! 羨ましい。オレならありがたく流れに任せてキスしちゃうけどなぁ。据え膳食わぬは男の恥って言うじゃん」
ものすごく軽くそんな事を言うから、誰でもいいのか! とイラッとくる。
好きな子としかしたくないと正直に言ったら、「乙女かよ」と笑われてしまった。つまり宮下は、本当に誰でもいいと思ってるって事だ。
誰かにキスを強請られて嬉しそうに応じる宮下を想像したら、ドロドロとした感情が胸の中で渦巻いて心の中が真っ黒になってしまいそうだった。
誰でもいいなら俺にしてくれればいいのに。
「なんで急にそんな事聞くんだよ」
すっかり悲しくなってしまってそう言ったら、思いもかけない返事が返ってきた。
「ああ、この前綾瀬ん家でAV見てたらそんな話になってさ」
「AV!? 見たの!? 綾瀬と二人で!?」
綾瀬。
宮下とよく一緒にいるヤツだ。背がひょろっと高くて、たしか何か文化部に入っていたと思うけど詳しくは知らない。飄々としたヤツなのに、宮下はアイツといると楽しそうだった。
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