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第9話 【佐々木視点】不安と葛藤

宮下が呆けている僅かな時間に、俺は適当な言い訳を考えた。 努めて平静を装って、余裕があるような表情を作る。もちろんその実内心は心臓バクバクだ。 「宮下の知識でいけば、これって何キスに分類されるの?」 「多分、ライトキス……」 ポカンした表情のまま素直に答えてくれる宮下、可愛い。 でもその次の瞬間、宮下は真っ赤になって叫んだ。 「じゃねーよ! 何してくれてんだよ! オレのファーストキス……!」 ファーストキス、というパワーワードに俺は思わず祈った。 神様、ありがとう……!!! さっきしたことないって言ってたんだから当たり前なんだけど、宮下の口からはっきりと「ファーストキスは俺」と認定されると嬉しさもひとしおだ。 宮下のファーストキスは俺。俺のファーストキスは宮下。 最高。 内心の感動を押し殺し、俺は宮下には何食わぬ顔をしてみせた。 「ファーストキスだったんだ」 「つーかお前もじゃねーか!」 「うん。でもしてみたかったんでしょ? キス」 「そうだけど!」 「さっきの口ぶりじゃ誰でも良さそうだったから。据え膳食わぬは男の恥、なんだよね」 「そうだけど……」 さっきまでのちょっと俺をからかってる感じとは打って変わって、真っ赤になって恥ずかしそうな、困った感じが最高に萌える。 「どうだった?」 「知るか! 不意打ちな上に一瞬だったからそんなん分かるわけねーだろ」 聞いてみたら、顔を真っ赤にしたまま唇を尖らせている。その顔があんまり可愛くて、俺は宮下のほっぺたを両手で包んで顔を近づけた。 「じゃあもっとキスする? ディープとかバードとか言ってた? 経験したいんだろ、やってみてもいいけど」 「遠慮します……」 ちょっとだけからかってみたら、宮下は蚊の鳴くような声でそれだけ言って、クッションをギュッと抱きしめる。目だけが俺を睨んでいるけど、それは嫌悪の表情ではなく、単純に戸惑いと恥ずかしさからきているものだ。 キスしても嫌われてはいない。 それが、俺の心を大きく勇気づけた。 結局宮下にはその後すぐに「もう帰る!」って逃げられてしまったけど、キスして、至近距離で目を合わせて、柔らかな頬に触れて。これまで見たことがない宮下の表情を沢山見ることができたその日、俺は最高に幸せな気分で眠りについた。 *** 翌朝目が覚めた俺は、夢から覚めたみたいに急に不安に襲われた。 宮下に警戒されたらどうしよう。家に来てくれなくなったりしたら寂しすぎる。 昨日は嬉しさでいっぱいで他の事を考える余裕なんてなかったけど、そうなったって全然おかしくない。だって不意打ちでファーストキスを奪ってしまったんだから。 そして、心配していたことは早速現実になった。 〔今日はちょっと用事あるから行けねぇわ〕 その短いラインの文字に一気に暗い気持ちになる。今までだってよくある事だったのに、不安で不安でたまらない。今まではこんな時、どう返していたんだっけ。これまで交わしてきた履歴をあさって一番当たり障りがないだろうと思った言葉を返す。 意気消沈したまま家に帰り自分の部屋に籠もった俺は、もし宮下が気軽に来てくれなくなった時どうするかを必死で考えた。 学校で話しかけるのはリスクが高すぎるし、それ以外の接点なんてこのラインだけだ。今後ずっとラインだけの関係だなんて嫌だ。俺の中ではもう、話すらできない生活なんて想像出来ないくらい、宮下は大切な存在になっていた。 ゲームもテレビも買ったし、マンガだって宮下が好きなものを揃えてある。これまで無趣味で貯めるだけになっていたお小遣いとお年玉のおかげでお金に困る事もない。他に何か宮下の気を引けるものはないだろうか。 そう考えて、思い当たった。 「AVか、エロ本……」 確かにそう言っていた。それを手に入れるのは、俺にとってはなかなかにハードルが高い。誰かに見られたらと思うとその辺でなんて絶対に買えないし、借りるのもNGだ。通販しかないのかな。それなら時間指定でいけるかも。その日は、そんな事を悶々と考えながら更けていった。 そして翌日。 俺の心は歓喜に沸いた。 宮下が普通に家に来てくれたからだ。心からホッとした。良かった、心配し過ぎだったのかも知れない。けれど、一緒に過ごすうちに異変に気がついた。 まず、全くと言っていいほど目が合わない。 いつもだったら俺が着替えて飲み物やお菓子を用意している間は俺のベッドでゴロゴロしたりしてるのに、今日の宮下はまるで借りてきた猫みたいにお行儀よくて大人しい。 数式が分からないというから身を乗り出したら、サッと身を引かれる。 いつも通りに隣に座ろうとしたら拳ひとつ分の距離を空けられる。 ゲームをしようとコントローラーを手渡したら、手が触れた途端にパッと手を離すから、コントローラーが派手な音を立てて床に落ちてしまった。 明らかに、意識されている……! うっすら頬も首も赤くなってる気がするのは、多分思い込みじゃない。 そう気づいた時は天にも昇る気持ちだった。

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