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第10話 【佐々木視点】俺を意識している
「あっ、悪りぃ」
買ってからまだ日が浅い俺のコントローラーを落としてしまった事に慌てたらしい宮下は、転がっていったコントローラーに前屈みになって手を伸ばす。
俺はその無防備な背中に優しく触れるように手を置いた。
「ああ、俺が取るよ」
「!!!」
ピク、と僅かに宮下の体が硬直する。
これまでは少々触れたって気にした様子もなかったのに、やっぱり明らかに反応が違う。顔は見えないけれど、首がさっきよりも赤くなっていた。
宮下が硬直した隙にコントローラーを掴み、下を向いたままの宮下の顔を覗き込む。
赤く!!!
なってる!!!!
服の上から、ちょっと背中に触っただけでこの反応!
完全に俺を意識している。もしかして、このまま俺の事を好きになってくれたりしないだろうか。
結局その日も「用事思い出した!」って宮下はそそくさと帰っていった。もっと一緒に居たいって気持ちは必死で心の中にしまっておく。ここで深追いして、宮下に逃げられたら一生後悔する。
我慢した甲斐あって翌日も、その翌日も、宮下は態度はぎこちないながらもちゃんと毎日うちに来てくれた。
ふとした瞬間に目が合ったり、ちょっと手や体が触れただけで、宮下の頬は簡単に朱に染まる。俺は鍛え上げたポーカーフェイスで気づかないふりを続けてはいるけれど、内心転げ回りたくなるくらいに愛しいと思ってる。
そんな悶々とした日々を続けていたある日、玄関で出迎える俺に会うなり、宮下が真っ赤になった。
「いらっしゃい」
気付かないフリをして、俺はニッコリと微笑む。
宮下はチラッとこっちを見るけど、なぜか視線が合わない。俺の目ではなくもっと下の方……もしかして、唇を見てるのか? と思い当たった。
「暑かっただろう? 早く入りなよ」
俺の唇が動くのを魅入られたみたいにじっと見ている。そして、ハッとしたように目を逸らした。耳まで赤くて、外が暑かったせいなのか首筋を汗がつうっと流れて、その色香にあてられそうだった。
それからは、日を追うごとに俺の口元を見る回数が増えてきた。話してる時に目線が下に下がる。ぼんやりしてる時なんか、けっこう凝視されてることすらある。
この前なんてカップアイスをスプーンで掬って食ってる俺の口元をあんまり見つめてくるものだから、ちょっと舌を出してペロリとスプーンを舐めてみたら、真っ赤になって俯いてしまった。
これは絶対に、あの時の俺とのキスを思い出してるに違いない。それもめちゃくちゃ頻繁に思い出しては照れてるんだ、間違いない。
もしかして、またキスしても許されるんじゃないだろうか。今度はもっと濃厚な、宮下が言うところのディープなヤツ。ちゃんと調べたし脳内シミュレーションもバッチリだ。満足させる自信はある。
……いやいや、落ち着け俺。こう見えても宮下はけっこう常識人だ。
だって宮下はこれだけあからさまに俺に反応してても、常になんでもないフリをしようとしてごまかそうとしてくるじゃないか。宮下は『友人』のスタンスを崩したいわけじゃない。
そもそもあのキスを思い出して赤くなってるからって、俺のことを好きなんだと解釈していいものかも迷う。「エロい事に興味津々」とハッキリ言ってたくらいだ。『俺とのキス』じゃなくて単に『キス』にドキドキしてる可能性だって充分に考えられる。というかその可能性の方が高いかも知れない。
そんな状態で普通に告白したら、一刀両断されてこの家に来る事さえなくなってしまいそうな気がして怖い。想像してちょっと震えた。ダメだ、そんなリスクは犯せない。
ただ、これだけ意識してるんだ。俺とのキスに嫌悪感はないようだから、興味津々な「エロい事」の相手が俺でも、もしかしたらある程度までは許されるんじゃないだろうか。
だとしたら、その方向性で少しずつ距離を詰めていった方がいい。
どうやって距離を詰めようか、と考えていた矢先。学校でふと見た光景に、俺は一気に焦燥感を募らせた。
宮下が、綾瀬たちと固まってヒソヒソと何か話し合っている。
目配せして時折小さな歓声を上げ、ついには顔を寄せて笑い合ってるのを、前にいる女の子の話に適当に相槌を打ちながら盗み見る。内心はイライラMAXだけど、もちろんあれを止める術は俺にはない。
「え、マジで」
「うわ、めっちゃ見たい」
見慣れた宮下の顔と唇の動きで、そんな事を言ってるっぽいのがみてとれた。
綾瀬がひょろっと高い背をかがめ、宮下に何か耳打ちした途端、宮下は目を輝かせて「行く!」と答えていた。
絶対にAV鑑賞会のお誘いだ……!
せっかく俺とのキスで頭がいっぱいの筈なのに、ここで変な要素を入れて貰っちゃ困る。それに、宮下がエッチなビデオを見てる時の顔なんて、誰にも見せたくなかった。
さりとて宮下にかかるAV鑑賞会のお誘いを止める手段なんてない。
行かないでくれ……!
念じてみても、さっきのあの勢いじゃ絶対行くに決まってる。
〔ごめん、どうしても聞いてほしい話があって〕
女の子たちと離れて、急いで宮下にラインした。こんなラインごときでは止められないかも知れないけど、どうしても行かせたくなかった。
早急に、対策を考えないと……!
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