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祥吾編2
俺たちの世界の「一般常識」は、いわゆる「近所の井戸端会議」や「新聞やニュースで伝えられる言葉」には表れるものの、そうは言ってもこの広い世界の中で、皆が「狩人憎し」「狩人怖い」というわけではない。
強いものに憧れるように、狩人に付き従う人間もそれなりに居たし、宗教として堂々と活動している人間たちもいる。彼らは白い目で見られるけれど、彼らが実際に当局に捕まるかどうかは、やはり行動次第だ。彼らが勝手に狩人に食われている分には、大概の人は基本的に文句を言わない。
問題は、狩人を匿ったりすることだろう。ましてや彼らのための「食料」を確保するなんて、相当な重罪だ。
勿論、昨晩の俺だって、「狩人と分かっていて放置している」んだから、そこそこの罪ではある。狩人は人間の犯罪者以上に、「見つけたら当局まで連絡」が求められる存在だ。ただ、「怖いから言えなかった」という理由が成り立たないわけでもない。どちらかというと、「前科がつく犯罪」じゃなく、「社会から非難される犯罪」というのかな。知ってて言わなかったことで周囲に被害が出たなら、村八分どころの話じゃないってことだ。
俺は、「守人」だ。
狩人を狩るのが仕事の、特殊能力者。
ただし、守人は狩人と見ればどれでも狩る、というわけじゃない。狩人と1対1で対峙して、勝てる見込みは1%程度と言われている。1人で居るときに見かけた場合は、大概そっと見守り、発見した地点を他の皆と共有するくらいだ。
実際、狩人の中には、人間と争うことを避けたがるヤツも居る。本当の平和主義者だ。自分の命が削られることさえ厭わないほどの。
友好的な協力者も居て、自分の血を提供する代わりに、輸血用の血液をもらう、というような生活をしている者もいる。意外とそういうヤツは、それなりにいる。まぁ、労せずして極上の食事が手に入るんだから、それ目的っていうのはあるかもな。
狩人研究という分野もあって、研究者は世界中に数多くいる。狩人から貰った、或いは奪った血液その他は狩人研究施設に送られて、日々研究されている。ちなみに、昔からよくあるファンタジー「吸血鬼」みたいに、噛まれたら狩人になる、とか、そういう機能は狩人にはない。ただ、血液には栄養分が多く含まれているからか、血を好む狩人は多い。
友好的な狩人に言わせれば、「狩人は体質」だそうだ。
たまたま、人間を食べなければ生きていけない体質で生まれただけで、普通に人と一緒に暮らしたい。
そんな考え方をする狩人は、この国じゃあ、結構いる。
けれど、狩人は狩る側だからいいけど、狩られる側の人間は、怯えて暮らすことに変わりはない。
狩人が人間を食わないと生きていけない以上、互いの隔たりが埋まることなんてないんだ。
俺が、その男の名前を知ったのは、結構前だった。
『アカツキシナタ』。
始めは、バレバレの偽名じゃねぇかと思った。
狩人の多くは戸籍を持たない。だから、本名、偽名と言ったところで、どこかに登録されているわけでもないんだけど、それにしたって、そんな目立つ名前じゃあ街中で暮らせないだろうと思ってた。
その男は、普通に田舎町で暮らしていた。
『暁 士名汰』という漢字の書かれた表札が掛けられた、古民家に。
男は古民家に1人で暮らしていたけれど、近所の農家や酪農家の手伝いをしていた。料理が上手いと評判で、近所の老人たちに振舞うこともあるらしかった。
けれどもある日、その田舎町に狩人がやって来た。
在住の狩人じゃない。外からやってきた流れの狩人だ。各地を点々とする狩人は、一番ワケが悪い。ヤツラは人間を狩るためだけに移動するからだ。
流れ者が来たことは、すぐには分からなかった。
狩人の目的は『食事』であって、派手に立ち回りしたり力を誇示したいと思う者はほとんど居ない。だからヤツラはひっそりやって来る。そして気付いたときには、周囲一帯から人間が消えている…ということだってあった。
その時は、流れ者が来たことは3日目には分かった。
3日目の朝。町外れの河原で、子供の遺体が見つかったからだ。
これは、割と珍しいことだった。
ヤツラは、自分たちが居ることを気付かれないよう、食事をした『後片付け』を行う。埋めたり、山林に捨てたり、海に流したりする。『残骸』を人目につくところに放置することはない。
けれどもその日、その子供は人目に晒された。
『残骸』と言うには綺麗な姿で残されていたと言う。でもその理由は、周囲に点在していた血痕で判断できた。鑑定の結果、その血痕が人間のものではないと分かったからだ。そして、カリビトの血痕しかなかったことから、ある程度の推測が出来る。子供を狩ったモノは、食事の途中で襲われたのだ。そのことで、その場を立ち去らなければならないほどの危機に遭遇したっていうことだ。
それから4日後の7日目に、流れ者の狩人は見つかった。見つかったと言っても、捕らえることが出来たわけじゃない。深い傷を負い、半分土に埋もれるようにして森の中で果てている死体が発見され、解剖の結果、狩人だと分かったのだ。
そして、同じ時期に『暁 士名汰』も姿を消していた。少なくとも、子供が河原で見つかった日までは、その集落に住んでいたことは分かっている。けれど、住まいを出て行った『暁 士名汰』が戻って来ることは二度と無かった。
子供を狩ったのは、普通なら流れ者の狩人だと思うんだろう。
でも、『暁 士名汰』が狩った可能性もある。たまたま流れ者と遭遇し、獲物を奪い合った可能性だって。
姿を消したのは、やましい事があったからだろう。
だから俺たち守人は、狩人を追い続ける。
●
「そう…アカツキに無事接触できたのね。上々だわ」
『暁 士名汰』と墨で書かれた熨斗を見せつつ、俺はアイスコーヒーをストローで啜った。
「逃げ出した癖に、フルネームで書いてきますかね。おかしいですよ、あいつ」
「アカツキの名を持つモノは、大概変わってるのよ」
俺の目の前で笑みを浮かべる人間は、一見、30代半ばから後半くらいに見える女性だ。実態は、性転換したオカ…元男性だ。
俺と同じ守人で、とある守人組織の幹部をやっている。俺の上司ってわけじゃあない。ただの情報交換だ。
「あいつらは、テキトーに名前付けてるのかって思ってましたけど…違うんですか」
「そうね。本当に『アカツキ』の血族かは分からないけれど、『アカツキ』自体は古い狩人の血族よ」
「へぇ~」
「貴方、ほんと興味ないのね。狩人の歴史に」
「無いですよ。勉強はキライです」
「少しは覚えておいたほうが役に立つわよ。戦うときに」
女は短めのタイトスカートを履いているのに、足を組みなおした。一瞬フトモモが視界に入ったが、色気も何も感じない。
「『アカツキ』『ヨイヤミ』『ヒムカ』は、三天鬼と呼ばれる古い一族なのよ。それぞれに、ある程度向き不向きがあって、『ヨイヤミ』なんていうのは、日中は殆ど外に出てこない。太陽の光が苦手なのよ。だから『ヨイヤミ』の一族を斃す時は昼間が鉄則」
「完全に吸血鬼ですね」
「そうね。『ヒムカ』は逆に、夜はあまり行動しない。日中に食事するものだから、よく見つかってほとんど滅ぼされたと言われているわ」
「阿呆ですね」
「古い血を受け継ぐ狩人ほど、縛られているものなのよ。その血に流れるものに縛られない新参者のほうが、あたし達にとっては厄介だし、生憎、狩人のほとんどは、新参者なの」
狩人については、多くのことが分かっていない。
一番の謎は、『狩人がどこで生まれ育つか』だ。
多くの囚われた狩人は拷問を受け、様々な情報を引き出すことに使われた。けれども結果、ほとんど情報を引き出すことは出来なかった。ヤツラは絶対に、自分たちがどこで生まれ育ったのかを言わない。だから、狩人はどこかの隠れ里で生まれ育てられているんだろう、というのが通説になった。
更に大きな謎として、狩人のほとんどは男だ。
全く女が居ないわけじゃないけど、俺も今まで女の狩人は2人しか見たことがない。
だから、女も隠れ里に居るのだろう、というのが通説だ。当然子供の狩人なんて見るはずもない。
「その、古い連中と今の連中の違いって、何なんですかね~…。名前なんて、どうとだって名乗れるじゃないですか」
「狩人にも掟があるという噂だけど、どんなに友好的な狩人でも、自分たちのことは何も教えてくれないのよね。古い血族を敬っているというわけでも無いみたいだし」
「まぁヤツラは、個人主義っすからね」
コーヒーはあっという間に無くなり、氷が溶けて水になったグラスの底を、じゅるじゅるとストローで吸う。
狩人全般なんて興味ない。ただ仕事だから、こうやって情報を交換して、たまに頼まれたことをやってるだけだ。
「貴方…ほんと、ヤル気ないわねぇ…」
女は面白そうに笑うけど、俺はつまらなそうにそれに笑みを返しておいた。
「まぁ正直…どうでもいいですよね。俺の周りをうろちょろしなければ」
「守人のくせに、割とそういうの居るのよね」
「そりゃ、志願してなってるわけじゃないんで」
「守人の質の低下が昨今一番の問題ね」
女は笑ってるから、それが冗談なのか本気なのかはよく分からない。
同じ人間同士でもこんなに分からないのに、狩人のことなんて分かるはずもない。
「…じゃ、俺はこれで」
「引き続き、監視はお願いするわ。何か動きがあるようなら知らせてちょうだい」
「分かってますよ」
だらりと立ち上がって、金は当然女が払うもの、という風に俺はそのまま喫茶店を出た。
出て、空を大きく見上げる。
青い。どこまでも、彼方までも、青い。雲ひとつ無い晴天だ。
それでも心は晴れ晴れとしない。
それは、この世を憂いているからとか、守人めんどくせぇとか、狩人うぜぇとか、そういうことじゃなくて。
自分を偽っているのが、やっぱりどうしたって、憂さ憂さとするってことなんだ。
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