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祥吾編4
雨の日は、嫌いだ。
特に夕方からしとしとと降る、静かな雨は。
「祥吾。今日はお客様が来るから、早く寝なさいね」
夕方から振り出した雨の所為で、友人と外で遊ぶ予定がキャンセルになった日の、夕食時。
母親が何気なくそう俺に告げた。
「見たいヤツあったのに」
「録画しときなさい」
「姉ちゃんのと被ってるし出来ないよ」
中学生の姉は、帰りが遅い事が多かった。そしてほぼ毎日、録画する番組の取り合いになっていた。家にある機器は古く、同時に2本以上録画した場合、上手く録れないことがあったのだ。
「仕方ないでしょ。1回くらい見なくても、大したことないわよ」
母親に促されて風呂に入り、二階にある自分の部屋に上がろうとしたとき、来訪者があった。
「こんばんは。お母さんは居るかい?」
玄関のドアを開いた所に立っていた男は、優しげな声で俺にそう問いかけてきた。
「居るけど…。おじさん…外国の人?」
「ん?」
「すごく目が綺麗だね。びっくりした。金色の目の人、初めて見たから」
俺の素直な問いかけに、訪問者は頷いた。
俺は金色の目という非現実的なことだけに心奪われていて、その来訪者がどんな顔や姿をしていたのかに注視していなかった。
「あら、ごめんなさい。まだあの人、帰ってきてなくて」
少し遅れて母親がキッチンから玄関に出てきた。だから俺はその人を母親に任せて、そのまま2階へ上がる。
しばらく漫画を読んで、時計が9時を指しているのを見て、それからの記憶がしばらくない。多分ベッドで寝てしまっていたんだろう。
ふと目が覚めたとき…。
傍に、誰かが立っていた。
「…誰」
「…生きていたか」
闇の中に、猫の目のように光る双眸が見えた。
あの人だ。さっきの来訪者だ。そう思った瞬間、男の手が俺の首元を掴んだ。
「俺が誰か分かるか」
「…金色の…目の、おじさん」
俺の言葉に、ふ、と笑う気配がした。
「いいだろう。覚えておけ。お前は自分で災厄を招きいれた。人ならざる者を指摘した罰を、お前は贖うこととなった。…子供であるお前は、生かしておいてやろう。だがいずれ…喰らいに来るぞ」
脅すような低い声ではなく、どこか涼しげな響きのする声だった。
男が何を言っているか分からないが、何かタイヘンなことが起こっているのだろうというのは感じられた。
「何か…あった、の」
「下には降りるな。それがお前のためだ」
涼やかな声は、そのまま静かに遠ざかって行った。
しばらく動けずにいた俺は、遠くから聞こえてくるサイレンの音に、ベッドから立ち上がり窓の外を見る。近づいてきたのはパトカー5台で、救急車は居なかった。そのまま家の前で止まったパトカーに、俺の体は固まる。
何があったのか理解もできなかった。
やがて乗り込んできた警官達に向かって、泣きじゃくるしかなかった。
俺はその一晩で、家族を全員失った。
俺は少なくとも、運が良かったのだろう。
俺のベッドは血まみれになっていて、大人になってからようやく、その血が家族と狩人どちらのものもあったということを知らされた。
けれども俺が直接的に見たものは、それだけだ。
すぐに俺は遠い所に連れて行かれ、そこが『特別な力を持つ子供たちを保護する施設』であることを教えられた。
何故俺の家族が襲われたのか、俺が見たものは何だったのか、そういう基礎的な知識も教えられ、そしてこう告げられた。
「カリビトが憎いだろう。だが、憎いだけでは相手を倒すことも滅ぼすことも出来ない。もう少し体が成長したら、戦う方法を教えよう」
その力を持つ自分を責めるな、とも何度も言われた。
この施設にやって来る子供たちの半数は、自分が持つ能力によって近しい誰かを失ってしまった経験がある。責めるなと繰り返し洗脳のように言われて、自分の能力は特別で、自分は特別な存在なのだと逆に増長したヤツも居た。
俺は、よく分からなかった。
家族を失った悲しみも、家族を奪った相手に対する怒りや憎しみや恐怖も、自分の能力に対する嫌悪も、あの日に金色の目を指摘してしまった後悔も、もちろんあった。
けれども、成長し、様々な知識を身につけていくことで、ますます分からなくなった。
あの日。
俺のベッドの傍に立っていた狩人は、本当に、あの来訪者だったのだろうか。
狩人を見分ける目を持つ俺を真っ先に狩るのが、一般的な考え方だ。多くの狩人はそうやって、子供の多くを狩っている。けれどもあの狩人は違った。とりあえず見逃すと言ったのだ。見逃す理由なんて、本来なら、無い。
パトカーが来たこともそうだ。近所の人が異変を感じて連絡したとは考えづらい。狩る時に激しい物音がしたというなら別だが、狩人は騒ぎになるのを嫌う。わざわざ大きな物音を立ててまで狩りをすることは無いだろう。
そして、俺のベッドカバーに付着していた大量の血。
両親が抵抗して狩人にケガをさせたにしては、血液の量が多かった。狩人は弾丸一発貫通しても、大して出血しない。包丁で相当深く刺されなければある程度出血しないだろうし、包丁で相当深く刺せるほど、狩人が油断するはずもない。両親は一般人で、格闘の訓練も受けたことはなかったし。
あの時、俺のベッドの傍に立っていた狩人は、真相を知っている。
あの日の訪問者ではなかったという自信はない。けれども、狩人が俺を生かしておく理由はない。
だから俺は、あの時の狩人を探している。
俺を喰らいに来ると言った…あの夜の、狩人を。
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