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祥吾編5

「…どうしたんですか?今朝は」  『暁 士名汰』が俺の隣の部屋に引越しして来て、4日目の朝。  廊下を出た俺の目の前に、男が立っていた。正確には、廊下に立って外を見ている。 「おはよう。どう、とは?」 「…オハヨウゴザイマス。いやほら、昨日は会わなかったんで、さすがにこう、警戒されちゃったかな~なんて思ってたんですけど、朝から待ち伏せですか」 「外を眺めているだけだ」 「部屋からも見れるでしょ。…っていうか、仕事してないんですか。普通のサラリーマンだったら、とうに出勤時間じゃ」 「俺が普通の会社員に見えるか」 「見えません。何して稼いでるんですか」 「…」  男は答えなかった。まぁ別に、期待はしていない。狩人が真っ当に会社員やっているというパターンのほうが少ないし、大抵はフリーターをやったり夜の水商売やったりして稼ぐか、ヒモ生活を送ってるか。  それに、元々この男は農業の手伝いをやっていたわけで、その前に何をやってたかは知らないけど、俺よりは少し年上だろうと思われるこの狩人が、そんなに器用に世の中を渡り歩いているとは思えなかった。 「お前は、仕事に行く時間か?」 「俺は気ままな自営業ですからねぇ。テキトーですよ」 「…1人でやっているのか」  少し驚いたような男に、俺は笑って見せる。 「でっかいところの社長かもしれないじゃないですか」 「1LDKで暮らす社長か」 「居るかもしれないでしょ」 「だとしたら、社員にもう少し顔向け出来るような仕事態度に改めるべきだろう」 「それって…」  あなたを、狩るってことですよね?  言いかけた言葉は、口にしない。ここは廊下だ。誰が聞いているかも分からない。 「あ、そうだ。今日こそ俺の部屋に入りませんか。この前より散らかってますけど」 「…掃除でも手伝えということか?」 「あ、手伝ってくれます?だとしたら、結構嬉しいんですけど」 「掃除は、散らかる前にやるものだ」  玄関の扉を何気なく開いた俺に、軽くため息のようなものをついて、するりと男は中に入った。 「今日は、聞かないんですね」  扉を閉めて、鍵をかける。がちゃりという鈍い音に、男は振り返った。 「罠はあるのか、と」 「あるんだろう」  男は再び前方を見て、玄関を上がる。 「先に入っていいのか?」 「どうぞ」  男より前に立って歩かない理由は、男も分かってるだろう。相手が狩人だと分かっていて背を向けるような愚か者は、恐怖に陥りパニックを起こして逃げ惑うヤツくらいだ。 「思うほどじゃないな」 「ゴミ屋敷にするほど、酷くはないですよ」  男は軽く室内を見回す。リビングのテーブルの上には物が山積みになっているけど、ソファーや床には大して物は置いていない。 「まず、床に物を置くのはやめろ。それが散らかる原因のひとつだ」  言いながら、男は床に置いてあった丸い物体を片手で掴んだ。瞬間、物体がぼふ、と煙を吐き出す。 「…っ」 「あ、吸っちゃいました?それ、ダメですよね」  ごほごほと咳き込んだ後に、男は物体を床に置く。それは、女性が割りと使うというスチームだ。顔に霧状の美容液を当てるとか何とか。当然、美容に興味が無い俺の部屋にある器具に、美容液が入っているわけはない。 「それ、成分はよく分かりませんけど、狩人にはよく効くんですよね~。猫にマタタビみたいな感じなんですかね」  『それ』は、液体だ。でも液体のまま相手に掛けようと思ったら、それなりの重さになるだろうし、どうやってその液体を相手にぶつけるかという話になってくる。だから霧状にして狩人に吹きかけるのが効果的だ。使い方が完全に犯罪者のソレだけど。  まぁでも、狩人に対抗しようと思ったら、人間相手じゃ犯罪になるような事をするしかない。  だから俺は、床に膝をついた男の傍に近づく。 「まぁ、そうは言っても有効時間は短いから、さっさとケリをつけないとこっちがタイヘンなことになるんですけど」  下を向いている男の後ろ髪を掴み、ぐいと顔を上げさせた。上げさせて…後悔する。  半開きになった口から薄く漏れる吐息。少し潤んだ瞳。ほんのりと色づいた頬。そしてその目が、俺の姿を捉えてゆっくりと動く。 「…」  何も言わない。狩人は、その匂いを嗅ぐと、脳の末端まで痺れるような感覚になるという。一種の麻酔のようなものだ。だからすぐには何も話せない。脳の回転が遅くなり、脳で処理する速度も低下する。  だがそれは、精々長くて5分。短ければ1分で、ヤツラは回復する。だからこれを攻撃の最大の武器とするならば、1分以内にケリをつけないと勝てない。 「…」  けれども、そのまま、男の唇に唇を重ねた。塞いで、舌を絡め、舐めるように味わう。  男は反応しない。それでも貪るように口腔内を蹂躙し、男の下腹部へと手を伸ばした。ファスナーを下ろし、手早く男の物を取り出して握ると、男の体が目に見えて反応する。それは反射だ。反射に過ぎないけれども、やっぱり抵抗がないのをいいことに、俺はそれを強く擦り始めた。 「…ふっ…う…」  声が漏れる。少し覚醒してきたか。唇を離して顔を見ると、男のぼんやりとした表情に、少しずつ色が表れ始めた。 「…あっ…は…何を…」 「早いなぁ…。今のうちに、犯してしまおうかと思ってたんですけど」 「馬鹿かっ…!んんっ…あぁ…」  随分反応がいい。抵抗するでもなく、けれどもまだ体にしっかり力が入らないのか、俺の肩に額を乗せた。  その仕草が、たまらない。 「本当に…男は初めてなのかな…。やけに、反応イイんですけど」 「あんなものを…っ…嗅がせるからだ…」  荒くなってきた吐息を聞きながら、俺は男の腰に手を回し、片手でベルトを抜いた。 「いいですよね…?ヤらせてもらっても」 「嫌だと言ったら、やめるのか?」 「やめません。すみません」  男をそのまま床に仰向けに倒すと、男は潤んだ瞳を俺に向けてくる。誘っているようにしか見えない。例え俺が男に興味がなかったとしても、誘っているようにしかきっと見えない。 「お前っ…こんなこと、犯罪扱いにならないと…他の、ヤツにもやってるんじゃ…っ」 「…やってませんよ。好みの男とは会わなかったので」  本当は今だって。こんなこと、やるつもりじゃなかった。  力が抜けている間に縛り上げて、完全に無効力化して、そして聞きだすつもりだった。残酷に、残忍に、冷酷な気持ちでもって、これまでだって、やってきたじゃないか。ココロの奥が軋んでも、悲鳴なんて聞こえないフリをしてきたじゃないか。  狩人を狩らなければ、俺たちが狩られる。  ずっと、そうやって来たのに、今更。 「…っあ…あぁっ…何…」 「指入れてるだけです。慣れないでしょうけど、少しは慣れさせないと、辛いんで」 「…強姦魔が…優しいことだな」 「…」  無理矢理開いて、欲望のままに猛ったモノを突き動かす。  それは多分、強姦と変わらないんだろう。今だって、何が違うんだと思われているに違いない。  けれども俺は、それを望んでない。確かに強引で、無理矢理で、有無を言わさずこうして襲ってるけれど。  この体を傷つけたいとは、思ってないんだ。出来る限り…傷つけたくないんだ。  認めたくないよ、俺だって。この人に、こんなに入れ込んでしまっているだなんて。目的があって近づいているのに、その目的を果たすよりも先に、自分の思いを果たそうだなんて。  どうかしてる。 「…でも、嬉しいんじゃないですか?精液だってそれなりに栄養あるでしょ。中に出せば、栄養として吸収できるわけだし」 「大腸からか?」 「…足りないですかね?無理じゃないと思うんですけど」  だからと言って、さすがに…口に突っ込むのは怖い。ヤツラはこの程度噛み切れてしまうのだろうし…。  でも、口に突っ込んで無理矢理動かして、ちょっと苦しそうに涙目で涎とか零れてしまったりする姿を想像してしまい、俺は大いに戸惑った。  この人が、それを許してくれると思ってしまう自分に、戸惑う。興奮すると同時に…。 「…やっぱり…胃から吸収してください」  窮屈そうに収まっていた自分のものを取り出すと、信じられないほどに反り上がっていた。それをそのまま、男の口先へと持って行く。 「…お前、分かってるのか。狩人は」 「睾丸だって食いますよね。知ってます。でもすみません。咥えてもらえますか。…貴方のあんな顔見たら…我慢できそうにない」  返事は聞かなかった。そのままぐいと口に押し込む。一瞬何かを言いかけた男の歯が当たって反射的に身が竦みかけたけれど、それでも俺は止まらなかった。 「んんっ…」  奥まで突っ込んで、そのままゆっくりと動かし始める。男は小さく首を振ったけれど、俺は構わなかった。仰向けになったままの男の口の中を、容赦なく蹂躙する。男は少し苦しそうに眉根を寄せ、何か文句を言うように声だけ出すけれども、言葉にはならない。  多分息がしづらいんだろう。狩人は人間よりも長く息を止めることが出来るはずだけど、そういう理屈じゃないんだろうな。  俺が想像していたよりは色っぽくない表情で、我慢しているのは目に見えて分かったけれど、俺の物に歯を当てることもなかったから、きっとそこは気をつけてくれてたんだろう。そう思うと、この人が一層愛おしく見えてくる。  この人は、4日前に玄関先で会ったときから、ずっとそうなんだ。  ずっと、気を遣ってくれている。  それは、他の人間にもそうなのかもしれない。俺だけじゃないんだろう。人間全般に、優しくあろうとしているのかもしれない。  分かっていて、俺は蹂躙している。この人の人間に対する好意を踏みにじって、都合よく利用して、『狩人には人権なんてない』と突きつけて。  この人が優しいのはもしかしたら、食物に対する一種の感謝の念なのかもしれない。この国では昔から、食べ物に感謝しろと教えられてきた。この人も、そういうことなのかもしれない。俺に気を遣ってくれているのは、いずれ食べる物だから、大切にしようと思っているのかも…。 「…喰らいに来る、と…言った…」  アレは、そういう意味だったのだろうか。  ゆっくり育てて、美味しく仕上がった頃に食べに来る、とか、そういう意味だったのだろうか。 「んんっ…」 「あぁ、すみません…。もうすぐ、ですから…」  突っ込んだときほどの高揚感は無くなっていた。それでも無理矢理高みに乗せて、口の中に欲望の種を吐き出す。 「…っ…ごほっ…」  吐き出した後すぐに口から抜くと、男は軽く咳き込み、軽く口を拭った。 「…飲みました?」 「…飲んだ」  珍しく、低い声だった。 「やっぱり、男のは不味いですか」 「あんな少量で栄養になるわけがないだろう」 「…すみません。少なくて…」 「そういう話じゃない。精液は通常2ml程度だ。栄養どうのというレベルの量じゃないだろう」  男は起き上がり、大きくため息をつく。  そういう表現の仕方は、初めて見た。むしろ、今まで見たことがないほどに、表情が表に出て見える。 「お前はどうして、そう愚かなんだ。狩人の口に突っ込むなど、気が狂っているとしか思えない」 「いやだって、あなたが相当色っぽかったから…」 「お前は守人だろう。そんなものに惑わされてどうする」 「…すみません。惑わされっぱなしですみません…。でも、惑わされる人間を利用する狩人だって沢山いるのに」 「居るから何だ。お前が惑わされて良い理由になるとでも言うのか」 「なりません。すみません」  心配してくれているのだろう。どこか怒っているようにも見える。 「…何でですか。でも」 「何がだ」 「どうして心配してくれるんですか。俺はあなたを嵌めて、拷問しようとした人間ですよ」 「そうだな。窒息するかと思った」 「…よく噛みませんでしたね」 「噛んだらお前が死ぬだろう」 「…すみません、なんか…ほんとに。俺の欲望ばっかで…」  多分、ちょっと本気で怒っているんだろう。けれども怖さを感じさせるような怒りではない。  ベルトを締め直して立ち上がり、そのまま歩こうとしたその人の腕を、掴んで引き止める。 「…俺の欲を、受け止めてくれて、ありがとうございました。やっぱり俺…あなたのこと、好きです」 「…」  男は、俺をじっと見た。結構強い眼力で、見られている。 「…あなたを狩人だからという理由だけで憎むことなんて出来ないし、あなたが色っぽくてしょうがないと思う気持ちも、止めることは出来ない」 「橘…祥吾」 「えっ…はい」 「やはり、お前なんだな」 「…はい?」  男は一度俺から目を逸らし、そして再び俺の目を見つめた。 「15年前、お前は狩人に言われただろう。『いずれ、喰らいに来る』と」

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