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仁哉編5
多分、さほど時間は経っていなかったと思う。
軽く窓を叩く音に気付いて目を開けると、外に人が立っていて車内を覗き込むような仕草をしていた。
「…あ、お兄さん~」
少し体を起こすと、相手は笑顔を見せてくる。まだ若い男だし人間だ。
「こんな隅っこで何してんの?パーティはあっちだよ」
「パーティ…?」
新月が明けたばかりの真夜中に、人里離れた山の中で人間たちが集まるとは思わなかった。
いや、若いから恐れなど無いのかもしれない。車の外に立っている男は20歳前後に見える。
「あれ?何も知らない感じ?ここに来たの初めて?」
「初めてだな。俺はここで寝てるから、放っておいてくれればいい」
「えぇ?ダメだよ。一緒に遊ぼうよ」
そう言って窓にもたれかかった男の仕草が、女の動きを模倣しているように感じた。
…何だ?ゲイが遊び相手を探しているのか?そういう場所があると聞いたことがあるが、こんな山の中で?
「興味ない」
「女の子もいるよ?お兄さんイケメンだしモテるんじゃない?」
俺の考えを読んだかのように、その若い男は誘ってくる。
だがそうと聞くと、放っておくわけには行かなくなった。別に男女差別しているつもりはないが、男よりは女のほうが狩人に狙われやすい。人間に混ざって暮らす狩人の大半は男だ。遊ぶ目的もあるから異性のほうがいいんだろう。男だけが馬鹿騒ぎしていても狩人は呼び寄せるだろうが、男女混合なら尚更だ。
車を降りて周囲を眺めると、駐車場の逆側から複数人の声が聞こえてきた。その辺りに数台車やバイクが停まっている。
「こっちこっち」
手招きされて歩き出すと、すぐに若い男は俺の隣にやって来て並ぶ。ちらりと俺を見上げて、嬉しそうに笑った。
「お兄さんみたいなイケメン誘えたの初めてかも。きっとみんな喜ぶよ」
「俺は遊びに行くわけじゃない。こんな所で遊んでないで家に帰れ」
年寄りくさい説教に聞こえるだろうなと思いつつ言ったが、男は俺の腕に自分の腕を絡ませて身を寄せてくる。
「お兄さんだって楽しめると思うよ。だって…すごくイイにおいがするし」
その言い方にぞくりとして、俺は腕を引き抜いた。男にすり寄られるのが気持ち悪い、という以前に、そういう評価の仕方には覚えがあるからだ。
「あれ?イヤだった?お兄さん、男ダメじゃないでしょ?」
「興味は無いし、そういうことじゃない」
この若い男は人間だ。髪は橙色に染めてるが目は黒いし、気配も匂いも人間のものだ。
「ダイ~。なにやってんだ?」
駐車場の端で集まっていた3人の男たちが、俺達のほうへ振り返る。
「お兄さんを誘ったんだよ」
「お前すぐ連れてくるよなぁ」
「多い方が楽しいしさ」
駐車場から一段あがったところは、遊具などが並ぶ広場になっていた。その土の上にドラム缶が置かれていて、火が焚かれている。その辺りにも何人か人がいるようで、時折歓声が上がった。
「まぁいいや。遊ぼうぜ」
「来なよ」
男達は皆、若い。やはり20歳前後に見えた。だが参加者の年齢にこだわりは無いのだろう。
そのまま前を歩き出した彼らに付いて行き、ドラム缶が置かれている辺りまで来て、気付いた。
ドラム缶から遊具がある辺りまでの空間は、子供が駆け回ったりボールを投げたりして遊ぶ場所だろう。ある程度広い空間が取られている。だがその中央部分にブルーシートが敷かれ、周囲を10人ほどが囲んでいた。
その10人の中にはスカートを履いている子もいるから、女も参加しているというのは間違いない。
だが、問題は、そういうことではなかった。
ブルーシートの上にいるのは2人。
1人は折りたたみできる椅子に座っている。そしてもう1人は、椅子の傍で座っていた。遠目で見ても、傍に座る人物が椅子に座る人物に寄りかかっていることは分かる。
「あれ?もう決まっちゃったの?」
ドラム缶の傍で立ち止まった俺に気付かず、男達は先に歩いて行った。俺を誘った若い男が無邪気そうな声を上げている。
「なぁんだ。せっかく新しい人連れてきたのに」
その声に、ブルーシートの周囲を囲んでいた奴等が数人、こちらに視線を向けた。椅子に座っていた男も目を上げ、俺を見る。
何で、連日、狩人に遭わなければならないんだ。
しかも、連日、レアケースと遭遇している。
腰のベルトに手を伸ばした俺を見て、椅子に座っていた男が嗤った。
「スーツ連れてくんなよ。そいつは守人だぞ」
上着は着てないしネクタイも付けていない。それでも動きで分かるだろう。椅子に座る狩人から目を逸らさず距離を測るが、向こうは動かない。
「ここにはお前の味方はいない。そしてこいつらは人質だ。それでもお前、動けんのか?」
狩人は恐れの対象だ。だがその圧倒的な力に心酔する人間もいる。自分に被害が及ばないなら、狩人が目の前で人を殺しても何とも思わない人間も、わずかに存在はする。恐れを知らない若い人間たちを支配するのは簡単だろう。そのコミュニティにいる人間だけ守ってくれるなら、彼らにとっては王にも等しい。
「こんな山の中じゃ、逃げられもしねぇよな。来いよ。こっちに」
全員の目が、俺を見る。
もしもこの場にいる全員の人間の安否など気にせず、自分だけ逃げたいなら、俺は逃げ切れる。狩人からは大分距離があるし、人間に捕まったとしても振り切れる自信はあった。だが、守りたいなら、狩人の傍にいる人間を離さなければならない。俺に意識を集中させている間に逃がすのだ。
とは言え、ここに居る人間たちは狩人の指示に従うだろう。狩人に自ら支配されるような人間を、俺は救うつもりはない。
ただ。
狩人の傍に座っていた男の目には、明らかな怯えの色があった。周りで囃し立てる奴等と違い、恐怖を感じている。そんな表情だ。
「…女が居ると聞いたから来たんだが、1人だけか。男達しか居ない場所で遊ぶのはどうなんだ?」
「うるせぇよ、ジジイ!」
案の定な返答が返って来た。髪の毛ピンクだしスカート丈は短すぎるし春先の夜なのに半袖だし化粧が濃すぎる。別に差別しているつもりはない。けど、好きでここにいるなら、わざわざ助ける必要はない。
「ハハッ…ジジイだってよ…助けに来たんだろーに、かわいそうになぁ」
様々な色合いの髪が並ぶ中で、狩人だけは黒髪だった。
狩人は基本的には髪を染めたりカラコンを入れたりしない。香水の匂いも嫌いだ。煙草も吸わないし酒を珈琲も飲まない奴が多い。基本的に匂いに敏感だから、そういう匂いを嫌うのだ。人間からすれば余程か健康的な習慣かもしれない。
「…可哀想に思うなら、この集会を解散したらどうだ」
ブルーシートの上を歩いて、少し距離を取った位置で立ち止まる。
座ったまま特に動く様子も見せなかった狩人は、俺を見上げたままにやりと笑った。
「悪ぃな。俺はこいつらを楽しませる義務があるんだ。…脱げよ」
本当に、タチの悪い集会だ。
周囲で沸き起こる声を聞きながら、俺は軽く息を吐いた。
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