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仁哉編6
狩人を頂点とした、この集会が何なのか。
幾つか可能性はあるが、大体の想像はつく。
狩人の傍で怯えた顔をしている男は、先ほどまで狩人の下半身に顔を埋めていた。遠目で見ていたからハッキリとは分からなかったが、多分そういうことだろう。
いにしえの時代から、闇の中で行われる集会には、表立って堂々と公表できない何かが付随している。性的なものも残虐な行いも少なくないが、両方を担うものもまた、少なくないらしい。人間にも、狩人と同じような嗜好を持つ者がいることは分かっているが、それは犯罪行為だ。自分が直接手を下さなくても、助長させるだけで充分に。
「…上着を忘れて後悔してるくらいだ。脱いだら寒いだろ」
「お前に拒否権はねぇよ。脱げ」
この狩人には余裕がある。
攻撃的にならない狩人には2パターンあって、狩人である自分の存在を責めているタイプは、ほぼ無害だ。食料が足りず栄養不足で暴走する時もあるが、栄養が足りない時点で基礎能力は下がるから、斃すのにもあまり苦労はしない。
問題は、栄養が足りているから余裕があるタイプだ。人間を喰うのに困っておらず、自分にも自信があるから、罵られたところで怒ることもない。人間は家畜かペットという感覚であり、ペットだからこそ反抗しても可愛いと思うことも…あるらしい。
「…男が脱いで、何が面白いんだ?」
目の前にいる狩人はともかく、周囲にいる若者達は、全員がゲイというわけじゃないだろう。ゲイだったとしても、好みもあるだろう。盛り上がっているようだが、男の裸で盛り上がる意味は分からない。それとも単純に、狩人の命令を聞くコミュニティ外の男を嘲っているだけだろうか。または、祭りに盛り上がる人たちの心境みたいなものだろうか。
「見た目より肉は付いてるな。薄いは薄いが…硬くはなさそうだ。若いほうが筋肉もやわらかいけどな…」
Yシャツだけ脱いだ俺の体を眺めて、狩人は狩人らしい感想を述べた。
「ケガすると治った時に筋肉も硬くなるんだよなぁ…。キズひとつ無ぇ、イイ体だ」
ここまでハッキリと自分の体を検分されたことはない。スーパーに並べられたパックに入った鶏の胸肉を指で押しながら、出来の良し悪しを語られている気分だ。
「じゃあ…咥えてもらおうか」
「嚙み切るぞ」
「出来ねぇよう喉まで入れてやるよ」
嫌すぎる。顔を顰めると、狩人は声を上げて笑った。
「度胸あるなぁ…お前。守人ヤったこともあるけどな。もっと怯えてたぜ?」
「恐怖を感じる人間を追い詰めるのが狩人の習性だ。お前を楽しませる理由はない」
「その言い方だ。まぁ…俺はいいけどな。あまり反抗するようだと…こいつらが怒るかもな?」
「ハギリさん~。なんか持ってきましょーか?バッドならいつも何本か入れてるんで」
「この前、チェーンソー買ったんスよ。試してもイイっスか?」
狩人の言葉に応じて、周囲から武器の名前が飛び出してくる。何に影響されたんだ?チェーンソーは木材を斬る道具だろう。振り回すつもりなら結構筋肉いるぞ。
「…よく、口なんか使わせるな」
周囲で騒ぎ立てる奴等はこの際どうでもいい。少しでも時間を引き延ばすことが出来れば、それでいいのだ。
狩人がいると判断した時点で、組織に直通で繋がる緊急事態用のボタンは押しておいた。ポケットに入れたスマホに付けてある小さなアクセサリーだが、押すだけで発信機の機能が作動する。俺がこれを使うことは滅多に無いから、組織はすぐに判断してくれるだろう。
助けが来るかどうかは…また、別の話だが。
「お前らは、嫌いじゃないのか。口で奉仕させるのは」
「人間が簡単に何か出来るわけ無ぇんだよな。ヤるつもりなら、先に喉突き刺すだけだしなぁ」
「…初めてなんだよ。上手く出来ないんじゃないかな」
「いいから来い」
狩人の目が、わずかに光った。感情が昂るほど、狩人の目は爛々と輝く。だから目を見ればある程度、狩人の心理状態は読める。
これ以上、時間を引き延ばすのは難しいかもしれない。
2歩近付いて、狩人の傍に座っていた男を見た。その表情から恐怖の色はだいぶ薄くなっていたが、新しい犠牲者が来たという期待からだろう。その男の腕を掴んで引っ張り狩人から引き離すと、不意に狩人が立ち上がった。
「んっ…」
完全に不意打ちだった。いや、狩人が動く予測はしていた。だが、俺の肩を掴んで唇を合わせてくると言う予想は皆無だった。しかも、俺の口腔内に舌が入って来る。そんな事をする狩人がいるとは思わなかった。人間が相手の舌を噛み切れないと思っているのか。思っていたとしても、大胆すぎる。
「…お前」
一度口が離れたので尋ねようとしたが、すぐにまた塞がれた。舌が口の中を傍若無人に動き回るのは気持ち悪い。顔を離そうとしたら後頭部を掴まれたので、とっさに右手で男の首を掴む。
「ぐっ…」
さすがに呻いたが、男は首を掴む俺の右腕を取ろうとした。すぐに腕を引いて距離を取る。そこに男の蹴りが飛んできた。受け止めれば多分飛ばされる。それも体を捻ってかわし、ベルトの鎖に手をかけた。
「殴れ殴れぇー!!」
周囲の奴等は騒いでいるが、何人かはナイフやドラム缶に入れる為の薪を持っている。2人ほど走り去っていくのが視界の端に移ったが、逃げたのではなく武器を取りに行ったのだろう。
「…そんな、人間のオモチャで戦うつもりか…?」
狩人の目の輝きは増している。狩りが始まることに興奮しているのだろう。鎖を握る手に力が篭った。
だが、突然。
狩人は、意識を外に逸らした。後退して俺と距離を取り、視線を後方に向ける。
その方角…。俺の正面に見える遊具の傍から。
男が一人、こちらに向かって歩いてきていた。
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