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仁哉編8

 車は、山道の奥に止まっているようだった。  日中でも滅多に車が通らないような、細い舗装されていない道路は、県道か市道か分からないが、そこそこ主要な道路から脇道にそれた所に伸びている。その奥は行き止まりで、山林に用事がある人しか利用しないだろう。  そのような道を男が知っていたということは、土地勘があるということだ。誰にも邪魔されず、自分の欲望を満たす為に。 「…っ…く…」  上半身はタンクトップだけしか着ていない。簡単に捲り上げられて、胸に舌を当てられる。食い千切られる恐怖で強張った体に気付いたのか、すぐに男は顔を上げた。俺の顔を見て、今度は胸の先端を指の腹で擦り始める。  抵抗できるだけの力は出なかった。意識を時折手放しそうになったし、眩暈と頭痛が酷い。それなのに、得体の知れない、疼くような快感を感じている。 「男とは、経験ある?」  囁くような声で、男が問うた。 「…ない」  まともに声も出ない。だが答えを聞いた男は、優しそうな笑みを浮かべる。 「それは、楽しみだ」  ふざけるな、と殴りたかった。だがその指が上半身の至る所を這うだけで、背筋をぞくぞくとした感覚が伝っていく。  当然の事だが、狩人にこのように触れられたのは初めてだった。男は勿論、女も経験はない。狩人とは対峙して命のやり取りをするもので、睦言を語り合うような仲になるはずがない。  狩人に性的に溺れる人間がいるという話も聞いたことはあった。だがそれは、常に喰われる危険と隣り合わせだ。正気じゃない。  誰でも、そう思うだろう。実際に、こんな風に触られることなど、無いのだから。 「…んっ…ふ…」  男の手が下腹部まで下り、俺のものをスラックスの上から軽く揉んだ。急所を狩人に掴まれて命の危機を感じないのは、どうかしている。そう思うが、やはり体はまともに動かない。 「気持ちいい…?」  男の声は優しかったが、そう言いながらもファスナーを下ろして中に片付けてあったものを表に晒す。簡単に反り上がっていたのを見て、笑みを溢した。何も言わないが、言いたい事はあるんだろう。聞きたくもないが。 「んんっ…あ、あっ…」  適度な強さで握られて擦られると、声が出ないわけにはいかなかった。普段なら多分耐えられる。けれど、既に俺は半分意識を飛ばしてしまっていた。 「…そんな簡単に…鳴くとは思わなかったな…」  男が囁いたが、その声に甘い響きと熱を感じて、腰が震えるのを自覚する。  マズい。この先どうなるのか、十二分に予測はついている。絶対に嫌だ。そう思っている。なのに、それを想像しても俺のものは萎えていないし、声が出るのも抑えられていない。 「すごいね…でも、ちゃんと合う薬飲まないとダメだよ」  男はそう言いながら、助手席の背もたれをフラット状態まで倒して、俺の脚を掴んだ。車の中は狭い。後部座席ならともかく、運転席と助手席にいる男2人があれこれやるには、狭すぎる。だから…そうなるだろうとどこかで思ってはいたが、男は俺のスラックスを破り裂き、下着も破って放り投げた。勿論自分は脱ぐことなく、ジーパンのボタンとファスナーを下ろして少しだけ下げ、中身を取り出している。  男はその状態で少し動いて、小さな袋を口で破って中身を自分のそれに宛がった。狩人の流儀など知らないが、わざわざゴムを付けている狩人は居ない気がする。常備しているということは、常日頃それを使っているという事だ。何となく感心していたら、男は体を助手席側にずらした。  再び片足を持ち上げられて、異物を入れられる。尻の間に入って来たのは明らかに異物だったが、痛みは感じなかったので指だろう。何かを探るように中で動くので、出来る限り自分の体が動かないよう固まっていると、男の空いているほうの手が、俺の尻を撫でた。 「っ…!」  反射的に尻に力が入る。 「そんなに体に力入れたら、痛いよ?」  少し笑うような声で、男が忠告した。だがそのまま異物が抜かれ、何かが当てられる感覚に身を竦める。 「…道具も使ってないから…どっちみち、痛いだろうけど」  男の声は軽やかだった。楽しんでいるのだろう。そんな事は分かっているのだが。 「…っは…んっ…!」  ぐいと何かが入り込んでくる感覚に、息が詰まった。内臓を押し退けて侵入してくる感覚だ。だが、それは戸惑うような感触だった。  痛く…ない。  いや、多少は痛い。だがその痛みは騒ぐようなものではなかったし、耐えなければならないようなものでもなかった。 「…ん?」  俺の表情を見たのだろう。男は不思議そうな顔をしている。 「我慢…してる?」 「…いや…」 「…何か…すごく簡単に…入る、ね」  男の感覚のほうでもそれは分かったのだろう。初めて眉を顰めた。 「何だ。男とヤってるんだ」 「やってない」 「へぇ…?」  怪訝な顔になるのは分かる。だが俺のほうが聞きたい。  いつの間にか血の匂いは消え、代わりに男が纏う甘い香水の香りが辺りを漂っていた。頭痛も眩暈も幾分和らいだが、意識はまだ時折沈み込む感じがある。だからなのだろう。全身麻酔が半分くらい効いているような状態に違いないと、何となく思った。 「…ぐっ…」  俺の両脚は俺の頭の辺りまで曲げられて押さえつけられている。その状態で男は腰を動かし始めた。ゆっくりと起動すればいいのに、いきなり激しく打ち付けているから圧迫されて苦しい。 「…はぁ…は…」  男がどれだけ俺の中を深く穿っても、痛みはあまり感じなかった。ただ抑えつけられ揺さぶられて苦しいだけだ。文句を言いたかったが、浮き沈みする意識の中では明確な言葉が出ない。  俺を見つめる目に映る輝きは、弱かった。あまり興奮はしていない。狩人は獲物を追い詰めて喜ぶ生き物だ。恐怖に震えるでもなく、痛みに泣き叫ぶわけでもなく、快楽に溺れようとするわけでもない、実に微妙な反応しか返さない獲物では、面白くないのだろう。  どれくらい時が経っただろうか。  不意に意識が覚醒して、俺は反射的に上半身を起こしかけた。 「…ちょっと、待って…」  そして、俺の顔の傍まで頭を下ろしていた男に当たる。男は俺の動きを止めるよう囁いたが。 「…吐く」 「えぇ?」  男は体を起こし、俺の中から自分のものを引き抜いた。そのまま一瞬振り返って助手席のロックを外したのだろう。手を伸ばして助手席のドアを開け、俺の背に腕を回した。  男の介助が無くても起き上がることは出来たのだが、外に出てまだ緑もまばらな土の上で口を開いた。何も出て来ない。ただ、えずくだけだ。 「…大丈夫?」  俺の背中を撫でる手は、熱い。狩人は大体平熱が高いから熱く感じるのは当たり前だが、涼しい夜風に当たって冷えた俺の体には、より熱く感じる。 「水でも買いに行こうか。自販機まで結構距離あるけど…」 「…リュックの中に、ある」  男は助手席側から後部座席のリュックを引っ張り出したようだった。ペットボトルの水を出して俺に渡してくる。蓋を開けて半分くらい飲み干すと、男がYシャツを俺の肩からかけた。 「着替え無いなら買ってくるけど」 「ある」  吐きそうな気配は、しばらくすると収まった。  後部座席のドアを開いて乗り込み、スーツカバーのファスナーを開く。だが冷静に考えてみると男のアレを入れたわけで、体を洗浄せずに綺麗な服を着るのは躊躇われた。 「…俺の家、行ってもいいかな。替えの服取って来るよ。シャワー浴びずにクリーニングしたスーツ着るのは嫌なんだろうし」 「お前のテリトリーに入れと言うのか」 「違うよ。俺が取りに行くだけ。仮の住まいだから大したものはないけど、ジャージくらいはあるから。ちゃんと洗濯もしてあるし、一応消毒スプレーしとこうか?」 「自分がウイルスだという自覚があるんだな」 「人間はそう思うんじゃない?けど、そうじゃなくて、親しくもない男の服着るのは嫌かなって」  そんな事に気を遣うなら、もう少し別の所に気を遣えばどうだと思ったが、この男は比較的気を遣うタイプだろうと思い起こす。 「じゃあ…借りる。服をゴミにしたのはお前だ」 「それはごめん。このスーツ幾ら?現金持ってくるよ」 「もういい。狩人と会ったら大体使えなくなる。それ込みでの仕事だ」  服を破り捨てられることは無いが、対峙して戦うことになれば、服に穴くらい空く。返り血がかかる事もある。他の守人は狩人と面と向かって戦うことは少ないだろうが、それでも仕事用のスーツを予備で5、6着は持っているものだ。バーゲンセールの時にまとめて買うこともあるので、紳士服売り場のお買い得情報は欠かせない。俺は、家に1ダース常備している。夏は上着を着ないので、夏用の薄手は用意していない。 「…飯は食ってる?」  車が走り出したので、俺は後部座席で窓にもたれかかった。しばらく男は無言だったが、少しずつ道が町の中に入って来ると、バックミラー越しに俺を見る。 「…一応は」 「肉とか食ってる?牛肉とか豚肉とか」 「…昨日も今日も…おにぎりだけかな」 「お前、栄養足りてないよ」  声は怒っているようだった。 「肉も魚も野菜も食って、バランスの取れた食事があるから、薬も効くんだろ。ちゃんと食え」 「…人間の肉だけで全部の栄養賄える鬼は、楽だよな」 「焼肉行こう。明け方まで営業してる店が一軒あるんだ」  俺の皮肉は無視された。  何で俺の栄養状態を…薬が効いていない状態を、気にしているかは分からない。ただ、俺が思い出せない何かが過去にあったようだから、口ぶりからすると、その時のことで俺に恩を感じているのかもしれない。恩人が弱っているからと言って犯すのもどうかと思うが、概ね俺を心配しているような素振りを見せているから、俺に健康であって欲しいのだろう。  心身共に健康な美味しい状態で喰いたいから…というには、過保護すぎる。    車は町の中を走り、やがて住宅地の中へと入って行った。

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