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仁哉編11

 俺が家族を失ったのは、13歳の時だ。  だが、家族が失われる可能性がある事を、俺は幼い頃から聞いていた。    俺はごく一般的な家庭と同じように学校に通っていたが、10歳までには自分が特殊な環境で育ったことを理解していた。  父は、守人だ。旧姓は楠。守人として歴史ある楠の姓を捨てて、母の黒木姓を名乗ることにした経緯は知らない。  母は、一般人を装っていたが、かなり特殊な生い立ちを持っていた。  母には5人の姉兄が居たらしいが、全員亡くなっている。居たらしい、というのは、母が自分の母…つまり俺にとっての祖母が残した手記に、そう書かれていたから『居た』と認識しているだけだ。  彼女は自分の父と、その愛人たちと共に暮らしていたが、15歳のある日、彼女の父は「お前はもう大人だから」と、愛人たちを連れて家を出て行った。  そこから紆余曲折あって、母は結婚し、2人の子供を産んだ。    2歳年上の兄は、体の弱い男だった。  よく風邪を引いて寝込んでいたし、運動も得意ではなく、短い距離を走っただけで息切れをしていた。  大人しい性格で、虫を見ては悲鳴を上げていたし、遊園地に行こうものならベンチにずっと座っていると泣いていたくらいだ。ジェットコースターもお化け屋敷も苦手だったらしい。  頼りない兄ではあったが、俺は兄が嫌いではなかった。  格闘ゲームなどは好きではなかったが、協力して物事を進めることが出来るゲームは好きだったようで、よく一緒に遊んだ。  控え目に笑う優しい兄は、元気に走り回る俺を見守ってもくれた。    どこにでもいる、それなりに仲の良い兄弟。    そんな当たり前の生活が急変したのは、兄が中学3年の時だった。     「…仁哉。よく聞いて」  その日、母は俺の両手を掴んで、真剣な眼差しで俺の目を見た。 「母は、あなたの兄を救いに行きます」 「…助け、られるの?」  座り込んだままの俺は、呆然としていたのだろう。自分がどうだったかはほとんど記憶にない。 「救えると信じてる。前に話したでしょ?私の父が私にしてくれたように、私の血には、人を癒す力があるの」 「でも…」  でも。  俺はこの時、豹変した兄が何をしたのかを知っていた。  赤く染まった視界の中で、彼は確かに笑っていたのだ。  人を喰らった彼が、優しく穏やかだった兄に、戻るだろうか。  姿を変えた彼は恐ろしく強く、運動が苦手なはずの体は尋常ではない脚力で動き続けていた。  それはもう、人ではない。  それはもう、兄ではない。 「だから、あなたに伝えます。母が戻らなかったら、それは間に合わなかったという事。私達の血が癒やす力は、覚醒してしまった鬼にはもう効かなかったという事。あなたがこの先、誰かを救いたいと思ったなら、その時は…鬼になる前に、救ってあげなさい」  必ず兆候はあるから。  母はそう言い、俺の手を離してその場を立ち去った。    鬼になるかもしれない。  守人になるかもしれない。  そして、彼らを癒やせるかもしれない。    その教えの結末を見たその日。  俺は家族全員を失ったのだ。

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