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仁哉編12

 すぐに、車に戻らなければならない。  はやる気持ちを抑えながら、俺はコンビニで多めの食料を買い込んだ。こうなった今、空腹状態になる事が一番怖い。  何を引き金にして人が鬼になるのか。そのメカニズムはまだ分かっていない。そのほとんどは15歳を境に変化するが、俺はもう27歳だ。25歳を超えた辺りから兆候を感じ始めていたが、それでも充分に遅い。  薬を飲んでずっと抑えてきたつもりだった。25歳を過ぎてからはずっと薬を飲んでいたのだ。  最初は良かった。副作用も感じなかったし、当たり前の生活が出来た。だがここ1年はずっと、薬の効きが弱くなってきていたのを感じている。体調が良いと感じることが減り、薬の飲用による副作用なのか効果が切れたことによる副作用なのか知らないが、とにかく具合が悪い。    一番の原因は、血だ。  血の匂いを嗅ぐと、途端に具合が悪くなる。    だから組織を抜けて前線から退いた。狩人と戦うことを避け、血の匂いがしそうな現場は避けることにした。  だが限界だったのだろう。  これ以上、人間として生きる事は、難しいのかもしれない。    それでも、最後まで抗いたいのだ。  狩人の道を進むことは簡単だが、俺は人でいたい。  選べる間は、出来る限り。    コンビニを出た所で、俺の前に一人の男が現れた。 「お兄さん、やけ食い?」  その若い男は、駅の前で俺に声をかけてきた男だ。あの狩人と別れたのを見て、後を追ってきたのだろう。  恐らく俺に声を掛ける前にはもう、この目は光を帯びていた。闇の中で輝く目は、人間を惹きつける。 「違うよ。何」  歩き始めたが、男は俺の後をついて来た。 「じゃあ、俺が買っていい?お兄さんは幾ら?」 「俺は商品じゃない。店に行ったらどうだ」  男が明確に値段の話を始めたので、何を目的で付いてきているのか理解する。 「でもお兄さん、店に登録してないんじゃない?名刺くれるなら待つけど」 「俺はそういう仕事はしていない」 「嘘つき」  男は、俺の腕に自分の腕を滑り込ませようとした。とっさに身を引いて拒否すると、驚いたような顔をする。 「何だよ。好きなくせに」 「…誰かと勘違いしてるんじゃないのか?俺は男に興味はない」 「嘘つき。ジンが言ってたよ。とにかく体がすごいんだ、って」  駐車場の傍で、俺は男のほうへ振り返った。  その名前には憶えがある。  新月の晩に出会った男が、そう呼ばれていた。 「…お前は、あの男に使われてるのか」  あの日、狩人が犯していた男はもう少し年を取っていた。目の前に立つ男のように若くはない。 「違うよ。ジンは俺の愛人」 「…愛人なら、俺に構う必要はないだろ」  この男も狩人に利用されているのだろう。俺の前に現れたということは、あの男に指示されて俺を監視していたのかもしれない。 「でも…ジンが好きになった男だからね。買わせてよ」 「興味ない」  まだ俺の腕に絡み付こうとするその男を、軽く押し退けた。男はよろめいてその場に座り込む。  男が離れたので、すぐに俺は自分の車まで走った。荷物を助手席に放り込んで、一気に加速し駐車場を出る。    この先、俺に残されたわずかな時間を、有効に使う必要があった。  俺がまだ人であれる内に。  兄のように暴走する前に。  出来る限りの手を打っておく必要がある。

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