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仁哉編13

 守人組織には、俺が狩人になる事をまだ知られるわけには行かなかった。  彼らのほとんどは、俺の家系の詳細を知らない。だが上層部は他の組織とも情報交換をしているから、黒木家に纏わる話は知っているはずだ。  人が鬼になった瞬間、我を忘れると言う。  だがその後、人格を取り戻すか、そのまま狂って行くかは、個人差がある。  確率的に、強い狩人を生み出してしまった家系というのは、その後も狩人を出しやすい。  俺の家系の遺伝子には狩人の因子が根付いている。それは上層部には周知の事実だ。だから抑え込む為の薬を飲んでいた事も知られているし、俺の具合が悪化している事も分かっている。    自分ではまだ狩人の自覚がない。恐らく流血を引き金に目覚めるのではないかという予感があるが、今はまだ大丈夫だ。  だが、危険な狩人が目覚める前に始末してしまいたいのが、組織の考えだろう。その考えには概ね同意する。だから、知られるわけには行かない。    守人としてやるべき事は、凶悪な狩人を無力化する事だ。  可峨に情報をまとめている狩人がいると聞いたが、そこで狩人の情報を集める事が一番手っ取り早い。  問題は、今の俺が狩人から見てどの程度の強さなのか、という事だ。  格下の相手には簡単に情報を教えないだろう。相手の情報ひとつも無しに乗り込むのはあまりに無謀だ。     生きているか死んでいるかも分からない北谷正人の行方を追うのも、短期間で結果を出すのは難しい。  『パーティ』を主導していた『宴王』関係は、俺が狩人として目覚めたとしても近付かないほうがいいだろう。奴等が俺を仲間扱いする可能性は低い。    そうなると…。  ひとつ気になるのは、北谷正人の免許証が眠っていた、あの山だ。ひと冬で3人の狩人が雪の下に埋められていたが、埋めた人物は分かっていない。  埋めたのが人間だろうと狩人だろうと、それはやる必要がない事だ。  狩人が道端で死んでいても、警察も守人組織も犯人探しは行わない。だから埋めたという事は、埋めなければならない理由があったという事だ。その狩人が死んだことを知られたくなかったのか、狩人を殺したことが分かれば報復されると思ったか。 「…あぁ、すみません。狩人の山の件ですが…」  俺に北谷正人の件で依頼をしてきた警察の男に電話をかけた。 「そうですか。山狩りしても他には出ませんでしたか。ひとつお尋ねしたいのですが、3人の狩人は、山のどの辺りで発見されましたか?」  3人は、ある程度離れた距離にそれぞれ埋められていたが、全て北側の斜面だったらしい。北側は陽が当たりにくいから、雪解けも遅い。発見を遅らせる為にそちら側に埋めたと考えられるが。 「…訊くしかないか…」  電話を切ってから地図を眺める。  その山は、周囲に山が連なる山地の中にあるが、市街地までは車で40分程度の所にあった。狩場の範囲外に捨てたのは確定だとしても、市街地が狩場ならさほど遠い場所でもないだろう。決まった狩場なら、狩場内に自分の住処を持つ事も少ないし、狩場と住居と捨て地の間を丁度良い距離を保って活動しているのかもしれない。    宴王にしても可峨の情報屋にしても、隣県にいる狩人の話だ。  隣県から依頼を受けたわけでもないし、自県の狩人の対応をしたほうがいいだろう。    そうと決めて、俺は車を県境の方角へと走らせた。

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