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仁哉編14

 夜の高速道路は車が少なく走りやすい。  ライトを点けてはいるが、それは運転者としての義務だ。闇の中でも俺の目は物の存在をとらえる。狩人の特徴ではあるが、俺は昔から夜目が効いた。  30分かからず県境を越え、市街地近くのインターチェンジで降りようとそのまま車を走らせていると、不意に電話が鳴った。  ただの電話ではない。  緊急回線だ。  速度を落として道路脇に車を寄せ、車のハンドルに付属しているスイッチを押す。守人組織が使う車はBluetooth対応型だ。スマホを置いてスイッチひとつで様々な電話回線が切り替わる。 「どうしました」  この車は隣県の守人組織から買い取っているから、設定の中にその組織が使用する緊急回線が含まれていた。自県側の回線ではない事はモニターに映った番号で確認済だ。  緊急回線は1対1で対話する為のものではなく、回線に繋げば誰でも聞くことが出来る。緊急回線を設定する為には主回線の許可があらかじめ必要だから、準備なく回線につなぐことはできないが、複数人で緊急事態を素早く共有できる利点がある。  だが、その回線に繋いだ時、誰も言葉を発していなかった。  数秒間無言が続いたので、何があったのか分からない。だから尋ねてみたのだ。 「…よぉ、元気か?」  だが、それに対して予想外の声が返って来た。 「車乗り換えんなよ。間違えて襲っちゃっただろ」  男の声は楽しげだ。軽い調子で言いながら、喉から声を出して嗤う。 「…なぁ。聞こえてるよなぁ?」  その男の後方からは複数の音が聞こえていた。笑い声、怒鳴るような声、叫び声、そして悲鳴。 「戻って来いよ。遊ぼうぜ」  聞こえてくる音は複雑だ。思うより多くの声を聞き分けて、少なくとも20人はその場に居ると判断する。 「…俺が逃げたからか?」 「初めてなんだよなぁ…俺の手から逃げたヤツは」  その声は、『パーティ』のリーダー格だった男のものだ。宴王とは年齢が合わないようだから、宴王の協力者なのだろう。  だがあの時。パーティから逃げる時。この男は、俺が逃げることを妨害しなかった。  会話の内容から、俺を逃がし犯した狩人、ジンとは立場が同一だったのだと思う。いや、ジンのほうがわずかに格上なのかもしれない。俺を譲りたくはないようだったが、逃げる俺たちを実際に追ってきたのは人間たちだけで、リーダー自身はあの場に留まっていたのだろう。  ジンが俺を連れて行った以上、この男が直接俺を探すとは思えなかった。俺のことはジンの獲物であると認識したはずなのだ。  それとも、奇襲をかけてジンを倒し俺を喰らうつもりだったのか。  だったとしても、今連絡している俺の傍に、ジンがいる可能性を先に考えるはずだ。    ジンが、『パーティ』に参加しているのでなければ。   「…分かった。どこに行けばいい」 「これは誰でも聞けるんだろ。お前のスマホに電話してやるから番号教えろ」 「遠慮する。今お前達が居る場所に行く。場所はどこだ?」 「全員ブッ殺してやってもいいんだぜ?」 「お前達全員首を刎ねられたいんだな」 「…あ?」  回線の向こうで、男は一瞬沈黙した。  この男は狩人の中でも攻撃的で残虐な嗜好を好む。だからと言って自分の本能のみに従っているわけではない。思考し引く判断も出来たのだ。反射で動くような狩人なら、俺の売り言葉に買い言葉を聞いて逆上しただろう。 「…まぁ、いいか。パーティ場所は野水川だ。早く来ねぇとパーティ始めちまうからな」 「隣県にいる。高速を使っても30分以上かかる」 「うるせぇ。早く来い」  男はそう言い残すと、回線を強制的に切った。  すぐに車を発進して近くのインターチェンジで降り、高速道路に乗り直す。  野水川は海に面した市なのだが、地名だけではどこが目的地なのか分からない。とりあえず高速道路を北上していると、しばらく経ってから別の回線が鳴った。 「…黒木さん。緊急回線の…」  その回線も、この車があった守人組織で使われているものだ。緊急回線ではなく、1対1で話す為の一般的な回線なのだが、相手は名乗ることなく慌てたように口を開いた。 「…行かれるんですか。野水川へ」 「罠は張れますか?」 「…すみません。黒木さんの車を含めて4台で走っていたのですが…奇襲に遭ったようです。銃器は積んでいたはずですが、15人もいて、こんな事に…」 「装備品を積んで合流できますか?」 「…いえ、すみません。多くの装備が出払っていて…。奇襲を受けた車にも積んでありますが、使う暇もなく捕まったのかもしれません。それで、車に付いている発信機を確認したところ、野水川の丘陵公園に停まっていることが分かりました。とても大きな公園で、園内には池がいくつかあるのと、近くにはゴルフ場もあります」 「ありがとうございます。ナビで確認します」  回線を切って、一旦野水川のインターチェンジを目指す。  今の会話の相手は、守人組織の人間だろう。この話で、いくつか仮定が立った。    まず、この守人組織はこの県で最も大きな組織だ。  かつて、宴王と全面的にぶつかった時に出した犠牲は25人。宴王を含めた複数人の狩人がいて、警察の援護と重火器があって、守人側の犠牲は25人だ。この時、宴王以外の狩人は斃されたとされている。  大規模な作戦の元、罠を仕掛けて入念な準備をした。だから、今日の件とは比較は出来ない。  それにしても、守人15人が捕まるのは重大な事故だと言える。銃器もあって、狩人対策用の装備も積載していて、車が4台もあって、それでも囚われた。  逃げ延びた者もいるかもしれない。けれど、俺が使っていた車を囮として動くなら充分警戒していたはずなのだ。    そして、1対1で連絡をしてきた守人組織の男は、「装備を用意できない」と言った。  県で一番大きな組織に、予備の装備がないはずがない。予備どころか、大型の作戦を決行するだけの用意はあるはずだ。  守人15人が捕まるような大事故に対して、装備を出せないはずがないし、応援を送らないはずもない。何よりこの男は自分が何者なのか名乗っていない。  つまり、嘘をついている。    守人組織専用の緊急回線が使われ、後方で20人ほどの声が聞こえていたということは、間違いなく奇襲はあったのだろう。脅して緊急回線を使わせたと想像できる。  問題は、守人組織側に裏切者がいるのではないかという事だ。それが1人でも大問題だが、複数人いるなら狩人の奇襲は簡単に成功するだろう。  緊急回線を狩人が使わせたという事は、俺を呼びつける事を、組織側に伝えたということになる。そこに深い意味はないのかもしれない。自分の優位性を知らしめる為という印象も受ける。  だが、組織内の裏切者に伝える為に敢えて緊急回線を使ったのかもしれない。  俺を確実に連れてこいという指示なのかもしれない。  守人組織の男の演技が下手すぎた事は、想定外なのだろう。   「宴王か…」  組織的に動く狩人集団。それはかなりの脅威になる。  守人を手下にしている狩人は居ないわけではないが、あまり聞いたことはない。狩人が自分の本能より頭脳を優先して集団で動けば、人間は簡単に蹴散らされるだろう。正面からぶつかれば、間違いなく戦争になる。  それは狩人の望みではないはずだ。陰から人間を自分たちの都合よく操り、自由を満喫する。その為の手段なのだろう。    本当は、行くべきではない。  行けば、俺は狩人にならざるを得なくなるんだろう。  血の海と化しているであろうその場所で、自分を抑えられるかどうかが分からない。    けれども。  その最後の瞬間までは。

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