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仁哉編15
丘陵公園は、緑に囲まれた公園だった。
第一から第三まで駐車場があったが、出入り口にはロープが引かれていて、駐車場内に車は停まっていない。つまり、この場所は目的地ではないのだろう。
公園は小山の一角にあるようで、ナビを見ると公園の傍を通って小山を抜ける為の道路があった。公園の背後にある小山は森になっている。
丁度、時刻は夜中を過ぎた所だった。前日にパーティに参加させられた時と、ほぼ同じ時間だろう。
森の中を進む道を進んで山の頂上付近と思われる場所に、小さな駐車場があった。その奥には森を切り開いてキャンプ場にしたのだろう。幾つかの屋根が見える。
駐車場に停まっていた車は3台だった。少し離れた所に駐車して、車内から様子を窺う。
3台の車は、1台はワゴン車で、残り2台は一般的な乗用車だ。窓ガラスには全てフィルムが貼られていて、外から中が見えないようになっている。
恐らく、守人組織の車だ。
そう判断して、ダッシュボード内にある収納を開く。そこから拳銃とホルスターを取り出し、腰に巻いた。
守人のランクによっては銃の携行を許可されている。俺はほとんど使ったことは無い。狩人相手に使うなら、専門職でなければ意味が無いと思うからだ。照準を素早く合わせることが出来なければ、狩人に当てることは出来ない。だからこれは、狩人の手下になっている人間を抑止する為に使う。
車を降りて周囲を見回した。
遠くから音が聞こえてくる。この駐車場には誰も居ないのだろう。音が聞こえる方角へ歩いて行くと、少し階段を降りたところに、キャンプ場があった。
屋根付きのバーベキュー場があり、その向こう側はテントを張る為の空き地だ。階段を降りる前に3棟ほどコテージがあったが、このキャンプ場の敷地は広くない。
そこまで行けば、階段を降りなくても階下の様子は見えた。
俺の後方から風が吹いているから匂いはさほどではないが、音ははっきりと聞こえる。
まず目を引くのが、どうやってそこまで乗り付けたのか、バーベキュー場のすぐ傍にある車だ。俺が今朝まで乗っていたもので、大きくへこみ形状が歪んでいる。恐らく道路から木々の間を抜けて、バーベキュー場の屋根を支える太い柱にぶつかったのだろう。フロント部分がへこんで周囲には窓ガラスが散乱している。
胸ポケットに入れておいたサングラスを掛けて、階段を降りた。視界は暗くなって色の判別は難しくなったが、人の姿ははっきりと見える。
「…遅ぇよ」
バーベキュー場のテーブルの上に座っていた男が、最初に俺を見つけて声を掛けた。俺の後方から風が流れれば、狩人であるその男は匂いで分かる。だが俺の姿を見て顔を顰めた。
「…何だ…?お前」
黒の上下のスーツはいつも通りだ。Yシャツとネクタイを黒に変え、黒い手袋も嵌めた。ネクタイピンも黒。サングラスも黒だから、全身黒一色だ。
守人は手袋を嵌めたりサングラスをしたりしないが、基本的には守人の正装という感じだろう。
黒一色にしているのは、血が付いても赤が目立たないからだ。サングラスをしているのは勿論、血を見ても赤と認識しないようにだ。実際は匂いに酔ってしまう可能性もあったが、視覚からの情報量は多い。少しでも自分を騙しておきたかった。
「約束は守った。彼らを解放してもらえるかな」
距離を開けて立ち止まると、バーベキュー場の椅子やテーブルに座っていた人間達が俺の方へ近づいて来る。
「ハギリさん。コイツどうするんスか?」
思い思いの武器を持った人間達だが、見たことがある顔はいない。昨日パーティに参加していた人間達では襲撃する力量が無いと判断されているのか、それとも昨日全員犠牲になったのかは分からないが、今日の人間達はこういった襲撃に慣れているようだ。
「…おい。お前、何をした」
様子が一人だけ違うのは、彼らのリーダーである狩人だ。テーブルの上から降りて俺を見据えている。
「それより、彼らの返却が先だ。無事に、返してもらう」
「イヤだと言ったら?」
その問いは、近くまで来ていた人間から発せられた。
「狩人に従ってその指示無く人間を殺した場合、一般的な殺人より罪状が重くなる。通常は死刑だ。つまり、ここで首を刎ねられても問題はないな」
「あ?何言ってんだ?」
「ハギリさん。ヤッちまっていいっスか?」
この場にいる狩人は一人だけだ。だがその男は黙ったまま立っている。相手が人間だけなら俺が負ける事はない。
我慢できずバットを最短距離で振って来た人間を真っ向から殴り飛ばすと、軽く後方に飛んで土の上にひっくり返った。一瞬怯んだ男達だったが、すぐに3人がナイフを振りかざす。それは回し蹴りで一掃できた。ナイフはリーチが短すぎるから話にならない。立て続けに他の男達も伸して行くと、最後の1人が少し離れた所で銃を構えた。銃と言っても拳銃ではない。ライフルだ。まず構え方がおかしい。恐らく守人から奪ったのだろう。駆け寄って銃身を握って上方へ上げ、腹を蹴って後方へ飛ばす。その男は壊れた車に激突して倒れた。
「…見える範囲だと5人しか居ないようだが、残りの守人はどうした」
この場で立っているのは狩人一人だけだ。俺が人間を相手にしている時も動かなかったその男は、俺の問いに目を細めた。
「…死んだ」
「何人居た?」
「知らねぇよ。数えてねぇ」
男は不機嫌そうな表情を見せる。だが、俺を攻撃する動きは見せなかった。
「じゃあその5人。返してもらっていいんだな?」
「…面白くねぇな」
苛立ったような声を出すが、俺が守人たちのほうへ歩み寄っても妨害はしない。
ロープで縛られている者は解き、その場で倒れている者は意識があるか確認する。全員が怪我をしていたようだが、動ける者に動けない者を連れて行ってもらう事にした。狩人から意識は逸らさず、彼らが階段を上りきるまで見送ったが、その間も狩人はほとんど動かない。
その場から気絶していない人間が居なくなり、ようやく狩人は俺に近付いて来た。
近付くなり、俺のサングラスを掴む。
「…ふざけんな、お前…」
手に持ったサングラスをその場で地面に叩きつけられた。破壊される事は想定していたが、この狩人がサングラスひとつを壊しただけで済ませたのが不思議ではある。サングラスを奪ったのは、俺の目を見る為だろう。守人は狩人の目を見て正体を知るが、狩人も相手の目を見て判別する。嗅覚や聴覚に頼れない時の最終確認だと聞いたが。
「俺がヤる前にコレかよ」
男は苦虫を潰したような顔をしながら吐き捨てた。
獲物だと思って呼びつけたのに同族が来たとなれば、目の前で料理を捨てられたも同然だ。
「残念だったな」
怒りよりは諦めに似た表情をしていると思った。獲物に対して残虐になる男でも、同族に対しては別の感情を持つのだろう。
嗜好として残虐性を持つなら、狩人に対してもそうである事が多いと思うのだが、簡単には計れない男だ。
そう思って眺めていたら、男は突然話題を変えた。
「お前、セキの子だろ」
「…誰の事だ?」
「『親』だよ。俺達はほとんど夜叉の血を引いてる。中でもお前はセキの血を引いてる。…お前は、覚醒しないんじゃねぇのかよ…」
男は、俺の傍でしゃがみこんだ。
この男は、狩人だけが知っている情報を持っているのだろう。そして、俺が何者か知っているのだ。
「俺を殺すつもりで呼んだんだろ」
「うるせぇ。セキの子を殺せるかよ。泣くまで犯してやろーって思ってたのに…」
お前もか。
内心辟易としたが、人間に対する残虐な行為を趣味にしているこの男が、俺に対していきなりキスだけしてきた理由は分かった気がした。
この男にとって俺は、人間であっても同族なのだ。話の流れからすると、夜叉もセキも狩人だろう。言葉通りに受け取るなら、『セキ』は俺の父親か母親を指している。だが恐らく、違うのだろう。実際の血縁関係を指しているわけではなさそうだ。
とりあえず、内ポケットから予備のサングラスを出して掛ける。土の色は濁っていたが、時間が経っているからか赤色は残っていない。それでも刺激は少ない方がいい。
「…人間に見られたくねぇんだろ。今は俺らしかいねぇ」
サングラスで目を隠した俺を見上げ、男が指摘した。
理由としては、それもある。守人に見られれば俺が狩人であると判断されるだろう。
「まだそんなに光ってねぇし、夜じゃなきゃ分かんねぇだろ。…昨日は人間だったよな。匂いは最高だったし…」
言いながら、男は立ち上がる。不思議そうに俺を見て首を傾げた。
「でもお前、まだ人間の匂いが混ざってるよな…?」
「…それは良かった」
狩人がそう判断するなら、やはり俺はまだ狩人じゃない。
その安堵が口に出た。
瞬間、男の表情が変わる。
「お前…まだ未覚醒か?ウソだろ。お前、それで…」
驚いたような顔をしていた男の顔に、じわりと笑みが浮かんだ。昏い闇の底から蘇る悪霊のような、背筋を凍らせる底意地の悪い笑みだ。
組んでいた両腕を解き、男はゆっくりとその両手を下ろした。その全身に、猛るような気配を纏っている。
「じゃあ…まだイけるな。なぁ…遊ぼうぜ」
男は獲物を見る目で俺を見つめ、声を出さず静かに嗤った。
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