10 / 11
表に影はできぬ
わしは狐の妖。妖の中でもかなり長命な方じゃろう。
妖は人間のように生と死に深い意味は持たない。
ふらっと現れいつの間にか消えて行く。
人間と共に生きておる頃はよかった。
妖と人間が楽しく生き、同じように歳を重ねそして同じくこの世から去る。
わしもある人間と同じ時を共にした。
家が妖に詳しい家だった故、妖術を使える珍しい人間だった。
化かし、化かされ、化かされあった。
毎日楽しく過ごしておった。
しかしある日、人間が妖を排除する動きが始まった。
原因などわからぬ。
わしは妖たちをまとめ人間と戦った。
ただ、わしは人間と仲良く笑って過ごしたかった。
それだけだったのに。
戦いに明け暮れあていたある日、同じ時を過ごした人間が亡くなったと聞いた。
自ら命を絶ったと。
わしは戦う意味をなくした。
わしはただ、あの人間と共に生き、あの世に行きたかった。
その後は人間の言われるままに戦いをやめ世界を二分した。
わしは人間と関わるのをやめた。
たまに迷い込んでくる人間もおったが逃げるようにわしは家に篭った。
次第に妖とも関わりを絶つようになった。
誰にも、何にも会いたくなかった。
一人本を読み飽きれば眠りまた起きては本を読み共に過ごした人間の子を思い出す……
永遠と思うほど長い時を過ごし、尻尾が一本、また一本と増え続けた。
『なあ、なんで妖って名前ないんだ?』
『妖は個の名前は持たぬ。
同じ狐の妖なら狐と、なまはげの妖ならなまはげと。
人間のように個々を区別する必要は全くないからの』
『不便じゃね? 例えば俺が前の名前呼びたい時に狐って呼んだら狐の妖全員振り向くだろ?
じゃあ、俺が名前つけてやる! お前はそうだなー……
表 ! 俺の名前が影道だからお前は反対に表 を歩くって意味でどうだ?
表 がいなきゃ影はできない、ピッタリじゃねえか?』
六本尻尾が生えた時、不意に自分の名前の由来を思い出した。
そうじゃった、あやつがいなければわしはおらぬ。
あやつがおらねば生きておる意味などない。
わしはすぐにでもいなくなろう、と思ったがあの人間が言ったように表を歩く、その言葉の通り歩いてみようと思った。
あの人間を思い出しながら消えればまたあの人間に会えるのではと思った。
ずっと締め切っていた窓を開けた。
明るい日が降り注ぎわしは目を細める。
すると遠くから何やら声が聞こえる。
何やら人間が迷い込んだ、と言うことじゃった。
ざわ、と胸騒ぎがする。
わしは人間の姿に化けて家を飛び出した。
どこじゃ、どこじゃ、と探せば目当ての人間はすぐに見つかる。
わしは目を見開いた。
妖に追いかけられている人間は会ったこともない。
しかしなぜだか、”会いたかった”そう思ってしまった。
もう人間など会いたくない、そう思っていたが咄嗟にその人間に近寄り抱き止めた。
見上げる目も顔も何もかも違う、しかしわしは泣きそうになる程嬉しかった。
その人間はすぐにわしの姿を見ようとするなど少しヤンチャではあった。
妖術は使えぬが、妖に詳しい人間じゃった。
ああ、あの人間が生まれ変わっていればどれほど良いか、と思い何気なしに名前を聞いた。
”俺は日森影道、影道でいい”
あの人間と全く同じ名前じゃった。
同じ人間でない、そう思いたくてよくない名前じゃと否定した。
しかし、同じ時を過ごせば過ごすほどあの時の人間を思い出してしまう。
また同じ時を過ごしたいと言う気持ちともういなくなるのは嫌じゃ。
わしの中で気持ちが喧嘩し続けた。
早く帰ってくれ、嫌だ帰らないでくれ。
そう思い、わしは少し距離を置きながら人間の子と過ごした。
『俺は人間の世界に帰る』
そう言われた時わしの頭は真っ白になった。
しかしわしも伊達に何百年も生きておらぬ。
赤子のように泣き叫んだりはせぬ。
しかし、しかし……
わしは目から熱いものがあふれこぼれそうになる
またいなくなるのか、わしはまた一人になるのか。
この世を去ろうと思っておったのに。
もう終わりじゃと思っておったのに。
この人間と会ってしまってわしはこの世にもう少し生きていたいと思ってしまった。
じゃが、わしは
「そうか、それはよかったの。
して、戻るのはいつにする?」
笑って泣きそうなのがバレないように顔を向ける。
ああ、もうわしは表 に立っても影の道はできない。
この影道が立ち去れば、こんどこそわしはこの世から立ち去ろう。
ともだちにシェアしよう!