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第20話
熱と戦い、やっとそれが治ったのは2日後だった。
目を覚ましてリビングに行くと志乃さんがテレビを見ながらコーヒーを飲んでいた。
今日はまだどこにも出かけないらしく、スウェットを着ている。
「起きたか。熱は?」
「···無い、です」
「良かった。喉は痛くないか?」
「はい」
「ならちゃんと飯は食えよ。」
立ち上がった志乃さん。
俺の額を触った志乃さんは満足そうに頷いて、「ソファーに座ってろ」と言った。
大人しくその通りにしていると、少しして目の前の机に和食が置かれる。
ツヤツヤな白ご飯に、いい匂いのするお味噌汁。顔を近付け匂いを嗅ぐと志乃さんがフッ、と笑った気がした。
「匂いだけじゃなくて、ちゃんと食えよ」
「はい」
お箸を渡されて手を合わせる。
久しぶりに感じる白ご飯にお味噌汁は美味しくて自然と口角が上がった。
「美味しい」
「···それ食ったら、今日は1日大人しくしとけよ。」
「はい」
「梓」
名前を呼ばれて顔を上げると志乃さんがじっと俺を見ていた。
「あれ以来、夢は見てないか」
「見てないです。···夢の内容も、覚えてません」
「そうか」
安心したような表情を見せた志乃さんは、俺の頭を優しく撫でる。
「今日は、お仕事は···?」
「今日は休みだ。お前が大人しくしてるか見張っておく」
「大人しくしてるよ!」
そう言ってから後悔したのは、志乃さん相手にタメ口で話した事。
「あ、ご、ごめんなさい···っ」
「何が。別に敬語じゃなくていい。お前は俺の部下でもなんでもないだろ。」
その言葉にびっくりして、背筋がピンと伸びた。
「それに、志乃さんなんて呼び方もしなくていい。お前は監禁している相手に敬称をつけるのか?」
「···つけたくない」
「なら呼び捨てでいい。」
そう言った志乃さんは笑って俺の隣に座る。
「何か食べたいものとかあるか。あるなら買ってこさせる」
「···ゼリー、食べたい···です。果物入ってるやつ。···桃とか、蜜柑とか···」
「わかった」
志乃さんが携帯を操作する。
俺をそれを横目で見て、残っていたご飯を急いで平らげた。
「志乃···」
「···どうした」
「何で俺を監禁してるの」
「···またその質問か。」
呆れたように溜息を吐いた志乃···さんは俺をまたじっと見る。
「お前が気に入ったからだ。」
「···俺が?何で」
「それ以上は教えるつもりは無い。」
立ち上がって俺の隣から消えて、リビングを出ていく志乃。
お風呂に入りに行ったのか微かにシャワーの音が聞こえる。
「···変な人。」
嫌いなはずなのに、嫌じゃない。
だって志乃の言動の節々に不器用な優しさを感じるから。
「···でも本当に、なんで俺なんかを気に入ったの」
それに俺に初めて会ったくせに、その時にはもう、名前を知っていたんだ。
それは俺と出会う前に、俺と志乃の間で何かがあったからに違いない。
「でも、記憶がない···」
「───何のだ」
慌てて振り返ると髪から水を滴らせた志乃がそこに立っていた。
「いや、何でも···」
「···お前、小さい頃のこと、ちゃんと覚えているのか」
「小さい頃?」
昔のことを思い出そうとすると頭が痛い。
額を押さえると「無理に思い出さなくていい」と優しい声で言われた。
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