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第21話 志乃side
頭を押さえて辛そうにする梓。
思い出すのをやめさせて、苦しそうにする梓を抱きしめると「何でぇ···?」と自らに質問を投げる。
「思い出せないの、何で···?」
「本調子じゃないからだろ。」
苦し紛れの言い訳をすると「そっか···」と頷く。
梓は昔のことを知らない。
そしてそれは、思い出して欲しいようで、欲しくない。
『食事を与えないことや性的暴力等、様々なやり方で傷つけていたみたいです。それで一度死にかけて、その時に防衛本能が働いてか、記憶が無いと』
夏目の言葉を思い出して、悲しくなる。
その記憶は忘れていてくれていい。
だが、思い出してほしいこともある。
「志乃···」
「何だ」
「···俺、やっぱり志乃に会ったこと、ある?」
その質問を肯定したくてもできないし、けれど否定はしたくなくて黙っていると、「何で黙るの」って軽く胸を叩かれる。
「何も知らなくていい。お前はこの部屋で自由にしていればそれでいい。」
「···それは俺にとっての自由じゃない」
「それでも、今はこのままでいてくれ」
時間が来たら、全てを打ち明けるつもりだ。
でもそれは今じゃない。
「志乃···?」
「···暇だな。映画でも見るか?」
「うん」
梓は頷いて、顔を上げる。
そしてまた顔を下げ、俺の胸に頬をつけた。
気のせいかもしれないが、ほんの少しずつ、梓が熱を出してから、梓との距離が縮まってると思う。
梓の選んだ映画を、俺の膝の上に座りながら楽しそうに観ている。
俺は映画を観ないで梓を眺めていた。
映画に集中しているようで俺の視線に気づきはしない。
「今何て言ってた?」
「さあ。聞いてねえ」
「···巻き戻していい?」
「いいよ」
リモコンを渡せば梓は操作をする。
そんな梓の髪を撫でる。
そんな時間が、俺にとっては優しくて、嬉しかった。
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