34 / 292

第34話 梓side

大きく厳つい建物に着いて、車から降ろされる。 その中で会う人会う人が志乃に頭を下げて挨拶をする。 俺はそれが怖くて、志乃の後ろにピタリとくっついた。 「梓、歩きにくい」 「···怖い」 「怖くねえよ。ほらもう着く」 大きな襖の前について思わず一歩退いた。そのお陰で立岡さんにぶつかり、慌てて振り返る。 すると立岡さんはにっこり笑って俺の肩をポンポンと叩いた。 「志乃がいるし、怖くないよ」 「で、でも···」 「大丈夫だって!俺もよく親父さんとは酒飲むし!」 それは仲がいいからじゃないのだろうか。 疑っていると志乃が部屋の中にいる人物に声をかけ、それに対して低い声の返事が聞こえて、ブルっと体が震える。 「梓、親父に会ったらまず、挨拶しろ」 静かな声で俺にだけ聞こえるように志乃はそう言って、その言葉にコクコクと頷いた。 襖を開けると志乃が入って行って、俺の背中を立岡さんが押す。 「志乃、何の用だ」 「梓を連れてきた」 先に中にいた志乃が、志乃のお父さんとお話をしてる。俺は縋る思いで立岡さんに「どうしたらいいの」と聞いたけれど、立岡さんは笑うだけ。 「梓」 「ひっ!」 突然名前を呼ばれた。 けれどそれは初めて俺の名前を呼ぶ声で、聞こえた方を見ると志乃のお父さんが俺をじっと見ていた。 「ぁ、あ···」 「怖がらなくていい。こっちに来なさい」 志乃はソファーにドサッと座る。 俺は志乃のお父さんの近くに寄って、「何ですか」と小声で聞いた。 「まずは、お前が生きていてよかった」 「え···?」 まるでずっと前から俺のことを知っていたみたいな言い方。 そういえば志乃も、出会う前から俺のことを知っていた。 「な、なんで、俺のこと···?」 「志乃から聞いてねえのか?」 志乃のお父さんが志乃の方を向いた。志乃は首を横に振るだけで言葉は落とさない。 「親父さん!志乃は何も梓君に話してませんよ。」 「立岡···そういえば夏目がお前に用があると言っていた。先にそれを終わらせてこい。」 「はーい」 立岡さんは部屋を出ていき、ここには俺と志乃と、志乃のお父さんだけ。 「梓」 「ぁ、は、はい」 「とりあえず、座ろうか。志乃の隣なら落ち着けるか?」 その言葉に悩んだ結果、頷いて志乃の隣に腰を下ろした。 そして思い出したのが、志乃から「まず挨拶」と言われていたことだった。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!