45 / 292

第45話

その日、俺は家に帰ることはなく夏目と1日を過ごした。 「梓さん、ご飯は大丈夫なんですか?」 「さあな。朝飯くらい抜いても死にやしねえだろ」 朝になって夏目に家であるマンションまで送ってもらい、車から降りるより先に、夏目に名前を呼ばれた。 「俺、もしかしたら志乃さんのことを困らせたかもしれません。」 「···まあ、な」 「ふふっ、でも俺···志乃さんが俺のことで困ってるの、嬉しいです」 「お前···」 「でも、帰ったら梓さんの事だけ考えてあげてくださいね。」 「わかってる。じゃあな」 俺は夏目に背を向けてマンションに入った。 自分の部屋の前につき鍵を開けて中に入ると、ちょうど廊下に突っ立っていた梓が驚いた顔で俺を見ている。 「···か、帰ってきた」 「あ?当たり前だろ。俺の家だ」 「でも、お、怒ったと思って···」 「怒ったのはお前だろ」 靴を脱いで家に上がりそのままリビングまで直進する。 「志乃、ご飯は?」 「食べてない。お前は」 「···俺もまだ」 「なら待ってろ。すぐ作る」 キッチンに入って朝飯の準備をする俺の隣にやって来た梓。 「仕事、だったの?」 「ああ」 「···これ、後で外して」 「わかった」 「···お願いが、あるの」 小さな声でそう言った梓を振り返る。 真剣な表情で俺を見ていて、何だ?と眉を寄せる。 「記憶は、ちゃんと思い出したいと思ってる。···だから、昨日みたいなこと、言わないで」 「···わかった。で?それだけか?」 「え、あ、うん」 「そうか。」 早く会話を終わらせると気に食わなかったようで、梓が俺の足を軽く踏みつけてきた。 「何だ?まだ怒ってんのか?」 「やっぱり、後じゃなくて今外して」 「···お前本当、面倒くさい」 持っていた鍵を、梓の足につけた枷の鍵穴に差し込み、枷を解く。 「リビング行ってるから!」 「勝手にしろ」 足早にリビングに消えていった梓を見て、深い溜息が出た。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!