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第51話 梓side
聞こえてくる掃除機の音。俺は1人寝室で何をすることも無く、ただぼーっとしていた。
外に行ってもいいと言われた時、すごく嬉しかった反面、実のことを言うと少し寂しいと感じた。その感情がどうして湧いてきたのかは分からない。だから少し不安になった。
段々と俺の心の中が志乃のせいで滅茶苦茶になっているんだと思う。
「梓、掃除終わったから出てきてもいいぞ」
「あ···はい」
わざわざ部屋まで来て掃除を終えたことを報告してくれる。志乃は怖いけど本当はすごく優しい。
「あの···志乃」
「あ?」
志乃の後ろをついて部屋を出る。志乃の背中に声をかけると振り返って少し気の抜けた声で返事をした。
「············」
「何だよ。呼んだだけか?」
「···え、っと···はい」
「···お前、小さい頃と変わんねえな。よく無意味に名前呼ばれて、返事するだけで楽しそうにしてた。···つっても、お前は覚えてねえよな」
苦笑を零した志乃。その表情を見て胸が苦しくなった。
「ごめんなさい」
「別に謝って欲しいわけじゃねえし、そもそもお前は悪くない。俺の言葉がお前を追い詰めたなら悪かった。」
「追い詰めるとか···そういうのじゃ、なくて···」
「···わかんねえけど、何か気に食わないことがあれば言え。どうにかできるように解決策を考える」
キッチンの換気扇の下で煙草を吸い始めた志乃。
「志乃、お願いがある」
「何だ」
「俺···大学はちゃんと卒業したい。ちゃんとここに帰ってくるから···お願い」
「···············」
じっと志乃を見ると、志乃も俺をじっと見返してくる。その視線が少し怖く感じるけれど、逸らさずに耐えていると、志乃は深い溜息を吐いた。
「···わかった。でもこちらから条件を提示する。」
「条件···?」
「ああ。お前は既に街中では俺に捕まえられた大学生だ。今まで通り安全に学校生活を送れるかと言われれば頷けない。」
「っ、でも···」
「だから、登下校時は必ず俺がお前を車で送る。昼休みには必ず俺に連絡をしろ。それから···なるべく人の多い所にいろ。それが条件だ」
志乃から出された条件は嫌なものじゃなかった。
「わかった。」
「···3日後だ。今お前は休学中になってる。手続きをして、本家の方に置いてるお前の荷物をこっちに移動させる。教科書とかもあるしな」
「と、取っててくれたんだ···」
ずっと大学は辞めろだとか諦めろだとか、言われていたからとっくに捨てられていると思っていた。
「明日、仕事に行くからその時に持って帰ってくる。」
「ありがとう」
お礼を言うと志乃は一度頷いて、また煙草を吸い始めた。
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