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第63話

リビングに戻ると志乃は居なくて、キッチンから音が聞こえてきたからそっちに足を向けた。 「俺もやる」 「できんのか?」 「できないけど、手伝う」 「怪我するなよ。···それ、こういう風に切って」 「任せて」 志乃から預かった包丁とじゃがいも。じゃがいもの皮は剥かれてあって、それを志乃に指示された通りに切っていく。 「っ!おい!」 「わっ!何!?」 「指切るぞ馬鹿が!こうやってするんだよ」 俺の後ろに回り、左手と右手をそれぞれ触られ、切り方をレクチャーされる。 志乃の匂いに包まれて少しドキッとした。志乃の事が気になってる女の子がいたなら、その子は今この瞬間で完全に落ちると思う。 「わかったか?···おい、梓」 「え、あ、はい?」 「···もうお前怖いからやめろ」 「何で!出来てたでしょ!」 「指切り落としてえのか」 「···やだ」 志乃は呆れたように息を吐いて、俺の手から包丁を奪った。 少し気まずくなって、何か話題を探していると、思い出したのは本の中にはさまれていた写真。 「あっ、し、志乃!」 「何だ」 「あの···本に挟まってた写真、誰?綺麗な女の人だった」 そう言うと志乃の手がぴたっと止まる。それから何事も無かったかのように動き出して、どうしたんだろう。と少し不思議に思う。 「夏目の姉だ」 「へえ!すごく綺麗な人だね!会ってみたいなぁ」 「梓」 「何?」 もう一度手を止めて俺を振り返った志乃。 その顔は無表情で、少し怖い。 「夏目の前でその話はするなよ」 「え、な、何で?お姉さんと仲悪いの?」 「···夏目の姉は死んでる。夏目はそれを自分のせいだと思っているから、もしその話をしたなら···また夏目は自分を追い詰める。」 「っ、ごめんっ!」 まさかの真実に咄嗟に頭を下げて謝った。 志乃は俺の頭をポンと撫でて「夏目の前でだけ、気をつけろ」と言う。 「そう言えば···これからたまに夏目がここに来る。俺がいない時もあるだろうから···容易に絡んで下手な事するなよ」 「···うん。ん?え?志乃がいない時に来るの!?」 「お前が来るまではそうだったんだ。夏目は俺の側近でもあるからな。」 「そう···信頼してるんだね」 「ああ。高校の時からの付き合いだしな」 料理を再開した志乃。成程、だから夏目さんと仲間意識が強いのか。すごく納得がいってウンウンと何度が頷いた。

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