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第66話 梓side
「んっ···」
目を開けると部屋が真っ暗だった。いつの間に寝てたんだろう?喉が渇いたのとトイレに行きたかったのとで、キッチンに行こうと起き上がる。
廊下に出るとリビングの電気がまだついていた。志乃はどうやら起きているらしい。
ヒタヒタと廊下を歩き、リビングのドアを開けようとすると、聞こえてきた声と、ガラス越しに映る志乃と···夏目さんの姿。
「あっ、あ!ひっ、くっ···んっ!」
「夏目、泣くな」
何をしているのかは一目瞭然で、俺の思考は止まり、その場に立ち竦む。
「···な、何で」
いやいや、別に二人がどういう関係であろうと俺には関係ない。だから、何でって言葉はおかしいんだけど、それでも···志乃は俺を抱いていたくせに、夏目さんも抱いているという事実に、頭がついていかない。
「···っ、気持ち悪い」
トイレに駆け込んで胃液を無理矢理吐き出した。思い出したように用を足して、寝室に戻り頭まで布団を被る。
「何あれ」
一人、ぽつんと、何故か孤独を感じる。
俺は志乃にあんなに優しく抱かれたことはないと思う。なのに、夏目さんにはすごく優しい声で話していた。
ずるい。ずるい···ずるい!!
「···何で、泣きそうなの」
俺には関係ないのに。
関係ないはずなのに。
「んっ、う···痛い、痛い···痛いっ」
頭が激しく痛む。
ガクガクと体が震える。
どうしてだろう、すごく怖い。
頭の中に幾つもの画像が現れて、それが一つの記憶に辿り着いた時、叫びたくなった。
俺の、小さい時の記憶。
志乃が、思い出せと言っていた記憶。
何でこんなタイミングで思い出すんだろう。
これは神様が俺に、この場所から出ていけと言っているようにしか思えない。
「···母さん、助けて」
涙と共に、小さな言葉がポロっと落ちた。
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