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第76話 梓side
大学の講義が終わり、家に帰ろうと正門を出る。するとそこには見知った顔があって、俺を見つけると笑顔で手をひらひらと振ってきた。
「梓くーん、お迎えにあがりましたよ」
「立岡さん···?何で?」
明らかに一般人とは違うと感じるオーラを無意識に放出している立岡さん。近づくと、彼の乗ってきたであろう車に詰めるように入れられ、すぐに発車した。
「立岡さん、何でいるんですか?」
「命令だからね。梓君も大変だね、変なやつに好かれちゃって」
「変なやつ?何の話ですか」
「まあ暫くは俺が梓君の見張りだから。見張りって言うか頼まれたことは殆ど使用人の仕事なんだけどね。」
「立岡さん!どういうことですか!」
「言えなーい。でもそろそろ検討つくでしょ?」
立岡さんはニヤニヤ笑いながらそういう。確かに検討はついている。立岡さんに俺の見張りを命令したのは志乃だろう。
「喧嘩したんでしょ?もしかして夏目関係かな」
「···何でわかるんですか」
「この時期は夏目はおかしくなるからね。でも夏目を怒らないであげてほしい。あれは可哀想だから。何かに縋っていないと壊れてしまう。」
「それは···亡くなったお姉さんが関係してるんですか?」
「里緒···夏目の姉が亡くなった理由、知ってる?」
「夏目さんと二人きりの時に、自殺したって、事だけ···」
深いことは何も知らないから、首を左右に振ると立岡さんが口元だけ笑って前を見ている。
「そう。夏目は両親に姉を見ておくように頼まれたけど、一瞬目を離した。その隙に飛び降りた。夏目はずっと自分のせいで里緒が死んだと思ってる。」
「そ、んな···」
「志乃は昔から夏目のせいじゃないって、夏目を支えていたんだよ。だから夏目は···志乃なら自分を否定しないってわかっているから、志乃から離れられない。」
夏目さんがどんな思いでいるのかなんて知らない。だからこそ、そんな事実を知っても俺は狡いとしか思えなかった。
「まあ、梓君からしたら関係ないもんね。君だって昔虐待を受けて記憶まで無くして···壮絶な人生を送ってきたんだもんね」
「···過去を比べたいわけじゃないです。ただ···忘れることが出来たのはよかったのかもしれないです。もし俺がその記憶があってそのまま生きてきていたなら、俺も夏目さんみたいに、誰か一人から離れられなくなっていたと思う。」
「梓君は偉いね。その通りだと思うよ。志乃は優しい。自分の与えられるものは与えようと思う奴だ。けれどそれにすがって生きていくようになれば···幸せにはなれない。」
窓の外を眺めるとお父さんとお母さんに手を繋がれて嬉しそうな子供が1人いる。
俺にはそんな過去はどれだけ思い返しても存在しないけど、俺は今、こうして生きていることが幸せだと感じている。
「梓君、夜ご飯何食べたい?志乃から聞いたよ、料理出来ないんでしょ?」
「···出来ないみたいです。俺···普通にご飯と味噌汁が食べたい」
「いいよ。なら肉じゃがでも作ろっかな。食べれる?」
「はい」
多分、過去がどうとかより、今、どうやって生きていて、幸せかどうかが何より大切な気がする。
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