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第80話
花屋に寄って夏目が花を選び、それを持って里緒の眠る墓場へ。駐車場に車を止めて、夏目の方に顔を向ける。
「行けるか?」
「んっ」
花束をギュッと抱きしめる夏目の顔色は悪い。
落ち着いてから移動しようかと夏目の頭を撫でて、待つ。
「ん、ぁ、ふ···っ」
「落ち着け、俺もちゃんとここにいるから、大丈夫だ」
「ぅ···っ、ぁ、はぁ···」
口元を手で覆った夏目の呼吸が段々と早くなる。花束を一度預かり、後部席に置いて、夏目のシートベルトを外し、夏目の体をこちら側に引き寄せる。
「ゆっくり呼吸しろ。」
「っ、ヒュッ···ん、ぁ···で、きな···んっ、ぐ···」
「よしよし、怖くない。大丈夫だ」
肩をポンポンとゆっくり軽く叩き、落ち着かせようとする。けれどどうにもその危うい呼吸は治まりそうにない。
夏目の手が俺の手に触れて、手の甲に爪を立てる。皮膚が切られる痛みは、今この状況では気にならなくて、虚ろな目をしている夏目の呼吸を、なんとか落ち着かせようと、その唇に自らのそれを合わせた。
「んっ、んぐ···っ」
目を見開く夏目が俺の手を強く掴む。
舌を絡めて、軽く吸う。そうすることぇ呼吸をするのがスムーズにできなくて焦る夏目。けれど段々とそれも落ち着いてくる。
「はぁ···はぁ···」
やっと正常な呼吸ができるようになった頃には、夏目は疲れきって眠りそうになっていた。
「少し眠ってろ。俺が里緒に会ってくる」
「···············」
そう言って夏目の背もたれを少し倒してやり、ポンポンと腹を撫でる。そうしているうちに眠ってしまった夏目。
夏目の服のポケットに携帯が入っていることを確認してから、花束を持ち車から降り鍵をかける。
無理をさせてしまった。今朝の夏目を見た時点で、これは止めておくべきだったか。
そう反省しながら里緒の墓について、花束を置く。
「斗真は···今も苦しんでるよ」
死んだ人間に言う言葉じゃないのは分かっている。けれど、責めずにはいられない。あの苦しそうな姿を思い浮かべると、こっちまで悲しくなる。
「···じゃあな」
すぐに墓場から離れて夏目の元へ。
車に戻るとまだ夏目は眠っていて、寒くないようにと着ていたコートを夏目に掛けてやる。
早く帰って、夏目を休ませてやらないと。
少し焦る気持ちをなんとか抑えて、家までの道を車で走った。
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