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第84話

どうやら俺のその行動は間違いだったらしい。 狭い個室は嫌な記憶を呼び起こして、頭の中をパニックにさせる。 断片的に、昔の記憶が蘇って吐きそうになる。 小さい頃、義理の父親が俺を狭い檻のようなものに詰めて、激しく雨の降る日のベランダに放置した。 前に志乃の家で熱を出した時、その時にも思い出した嫌な記憶。 「うっ、げ···っ」 朝食べたものが全部、トイレに流れる。 外の雨はだんだんと勢いを増しているのか、音が大きくなって耳に届く。 頼れる人がいない。 きっと志乃はまだ夏目さんに付きっきりだろうし、立岡さんとはさっき別れたばかりだ、来てもらうのも申し訳ないし、あの人は信用出来ない。親父さんは仕事で忙しいはずだ、俺が迎えを気軽に頼めるような人じゃない。 どうしよう、どうしよう···。 焦っているとスマホが鳴って、震える手でそれを取り出す。画面を見ると志乃からの電話で、一気に涙が溢れ出た。 通話ボタンを押し、耳に当てる。 「助けて、志乃···っ」 ヒュー、ヒューと喉が鳴る。 全く畏怖して居なかったものが、何故かこんなに怖い。 「どこにいる」 すぐに志乃が返事をしてくれて、少し安心しながら自分が今どこにいるのかを頭の中で整理する。 「···が、学校、っ···すぐ、入ったとこの···、トイレ」 「電話繋げてろ。」 耳に届く、バタバタしたような音。 珍しく志乃が焦ってると思うと、体は辛くて苦しいのに笑えちゃう。 「梓、何が怖い」 「···あ、雨、雨が···っ、はぁっ、あ、こわ、怖い」 「なら、俺の声だけに集中しろ。あとは何も聞かなくていい」 言われた通りに志乃の声に集中する。 苦しくて怖くて仕方がなかったのに、志乃の声だけを聞いているとそれもだんだんと落ち着いてくる。 「──お前にずっと、話したいことがあったんだ。けど、お前は前に電話した時怒ってただろ。また電話をする勇気が無くて、今日になった」 「···ふふっ、志乃は···意外と、臆病なんだ、ね」 「···臆病とか言うな。」 コツコツと志乃の足音が電話越しに聞こえる。 それがだんだん近づいて───近づいて? 「ついた、開けろ」 緊張しながら鍵を開けるとドアが開き、志乃が俺を見下ろしている。

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