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第88話
雨の音がうるさい。
寝室に行ってベッドに寝転がると嫌でも聞こえてくる雨の音。
布団を頭まで被って聞こえないようにするけれど、それはどうしても聞こえてくる。
「あああっ!!」
布団の中で大声を出して外の音を遮断する。
「うるさい!うるさいっ!!」
呼吸が苦しくなる。声を出して音を聞かないようにしないと怖い。
箱の中でガクガクと寒くて震える。何度謝っても出してくれなかったその箱が、今はこの部屋のように思えた。
「梓?」
ずっと声を出していたから、志乃が不審がって様子を見に来たんだろう。
布団を触られてその手を振り払った。
部屋の端に逃げて布団で自身を包む。次触られたら、もしかしたら殴られるかもしれない。また痛い思いをしないといけないかもしれない。
「嫌だっ、嫌···痛いこと、しないで···っ」
雨の音が大きくなる。それと同時に頭の中はパニックになって、周りは見えず、ただ目から涙が零れていく。
「梓」
「嫌だっ!」
「落ち着け。怖くない」
布団を巻き込んで、抱きしめられる。
はっ、はっと呼吸が浅くなって、暴れる俺を離すことはない。これは俺に暴力を振るう父親じゃない。
「っはあ···ん、誰···嫌だ、怖い···」
「大丈夫。」
トン、トン、と軽く背中を叩かれる。
それが俺の呼吸を落ち着かせた。
布団から顔を上げると、困ったように俺を見ている志乃。
「···落ち着いたか?」
「···ぁ、あ···は、離して、志乃は夏目さんのものなんでしょ。···別に、俺がどうなろうと···関係ない。迷惑かけてごめんね。帰る」
「雨が降ってる。今のお前が帰れるわけねえだろ。」
「うるさいな!」
腕を振り上げ、振り下ろした。
ガッと音が鳴って、拳に痛みが走る。
驚いて志乃を見ると、志乃の口元が少し切れている。
「···それで気が済むなら、俺を殴ってもいいけどな、少しでも罪悪感を感じるならやめとけ」
「···っ」
「雨の音が怖いなら聞こえないように音楽でも流せばいい。」
「···嫌だ、志乃が話して。」
志乃の体に腕を回して、離れていかないように抱きしめる。志乃は俺を抱き上げて、ベッドに運んだ。
「寝ろ。」
「···話、して」
「何の」
「何でもいいから」
志乃の胸に顔を埋めて目を閉じる。
まだ聞こえてくる雨の音。けれどそれに混ざって、それより大きく、志乃の心音が聞こえる。
頭を撫でられて、安心する。気持ちいい。
「前に──···」
志乃が話をしてくれる。
途端、雨の音なんて気にならなくなって、知らない間に眠りに落ちていた。
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