88 / 292

第88話

雨の音がうるさい。 寝室に行ってベッドに寝転がると嫌でも聞こえてくる雨の音。 布団を頭まで被って聞こえないようにするけれど、それはどうしても聞こえてくる。 「あああっ!!」 布団の中で大声を出して外の音を遮断する。 「うるさい!うるさいっ!!」 呼吸が苦しくなる。声を出して音を聞かないようにしないと怖い。 箱の中でガクガクと寒くて震える。何度謝っても出してくれなかったその箱が、今はこの部屋のように思えた。 「梓?」 ずっと声を出していたから、志乃が不審がって様子を見に来たんだろう。 布団を触られてその手を振り払った。 部屋の端に逃げて布団で自身を包む。次触られたら、もしかしたら殴られるかもしれない。また痛い思いをしないといけないかもしれない。 「嫌だっ、嫌···痛いこと、しないで···っ」 雨の音が大きくなる。それと同時に頭の中はパニックになって、周りは見えず、ただ目から涙が零れていく。 「梓」 「嫌だっ!」 「落ち着け。怖くない」 布団を巻き込んで、抱きしめられる。 はっ、はっと呼吸が浅くなって、暴れる俺を離すことはない。これは俺に暴力を振るう父親じゃない。 「っはあ···ん、誰···嫌だ、怖い···」 「大丈夫。」 トン、トン、と軽く背中を叩かれる。 それが俺の呼吸を落ち着かせた。 布団から顔を上げると、困ったように俺を見ている志乃。 「···落ち着いたか?」 「···ぁ、あ···は、離して、志乃は夏目さんのものなんでしょ。···別に、俺がどうなろうと···関係ない。迷惑かけてごめんね。帰る」 「雨が降ってる。今のお前が帰れるわけねえだろ。」 「うるさいな!」 腕を振り上げ、振り下ろした。 ガッと音が鳴って、拳に痛みが走る。 驚いて志乃を見ると、志乃の口元が少し切れている。 「···それで気が済むなら、俺を殴ってもいいけどな、少しでも罪悪感を感じるならやめとけ」 「···っ」 「雨の音が怖いなら聞こえないように音楽でも流せばいい。」 「···嫌だ、志乃が話して。」 志乃の体に腕を回して、離れていかないように抱きしめる。志乃は俺を抱き上げて、ベッドに運んだ。 「寝ろ。」 「···話、して」 「何の」 「何でもいいから」 志乃の胸に顔を埋めて目を閉じる。 まだ聞こえてくる雨の音。けれどそれに混ざって、それより大きく、志乃の心音が聞こえる。 頭を撫でられて、安心する。気持ちいい。 「前に──···」 志乃が話をしてくれる。 途端、雨の音なんて気にならなくなって、知らない間に眠りに落ちていた。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!