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第91話 梓side
ペラペラとページを捲る。
紙の擦れる音が心地いい。この音は好きだ。
雨の音はテレビの音でかき消されて、もしかしたらテーブルで仕事をしている志乃には邪魔かもしれない。
「志乃」
「あ?」
「テレビの音、邪魔になってない?」
「別に。気にしなくていい」
その返事を聞いて、また本に目を落とした。
本の内容に集中できるから、他のことを考えなくてよくて、この時間が大好きになる。
そんな俺の大好きな時間を終わらせたのは、志乃の携帯の着信音。
志乃が電話に出る様子を見ていると、突然バッと俺を見た。
「···今は無理だ」
気まずそうに俺から視線を逸らすから、もしかしたら電話の相手は夏目さん関係なのかもしれない。
「···そっちで様子を見ていてくれ。···ああ。じゃあな」
電話を切った志乃。不意に目が合った。
「···何だ」
「大丈夫なの?俺のせいで用事に行けないなら、帰るから言って」
「まだ雨が降ってる。帰れねえだろ。帰ったって1人だ。何かあった時、気づいてやれない。」
「···夏目さんが関係してるんじゃないの?」
そう聞くと図星だったようで、視線を逸らして黙ってしまう。
「昨日、命日だったんでしょ。まだ不安なはずだよ。いいの?」
「···けど」
「夏目さんのものなのに、俺が取ってちゃダメだよね。そうでしょ?」
「お前だって、辛いんだろうが。···それに、お前とは従兄弟で、家族や親戚は大切にするもんだ」
家族や親戚、俺にはそんな実感が全くない。
親戚に当てはまっていて、確固たる繋がりがあるはずなのに、どうにも嬉しくない。
夏目さんに負けた気がしてならないんだ。
「夏目さんのところに行きなよ。俺は帰れるよ、大丈夫」
「···ならせめて、送っていく。」
確かに、さすがに一人で歩いて帰るのは無理かもしれなかったから、その言葉はありがたい。
「今日は何で夏目さんから離れたの」
「···もう命日も過ぎたし、大丈夫だと思った。それに、お前にちゃんと話がしたかった。」
「そう」
大好きな時間は、早く終わってしまう。
大嫌いな時間は、長く長く続く。
大学の講義以外で、そう感じたのは初めてだった。
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