93 / 292

第93話 志乃side

本家に行き、夏目がいるであろう親父の部屋に行く。 「夏目」 「志乃、梓は?」 「大丈夫だ。それより夏目は」 親父の部屋を進んだ先にある部屋、そこのドアを指さした親父は「中だ。愛美(まなみ)といる。」と言った。愛美とは俺のお袋で眞宮組の姐。組員たちからは厚い信頼を得ている。 「お前がいいって泣いてる。早く行け」 「悪い」 ノックをしてドアを開けると、部屋の隅で泣いている夏目と、そんな夏目を撫でているお袋がいた。 「夏目、志乃が来たわ。」 「···志乃、志乃さん···」 「部屋に連れていく。ありがとう」 座り込んで立とうとしない夏目を抱き上げ、お袋に礼を言う。 「いいけど、今度梓君に会わせて」 「わかった。」 部屋を出て、親父にも礼を言い、自分の部屋に行く。 ソファーに夏目を下ろすと、俺の腕を掴んで離そうとしない。 「何が嫌なのか教えてくれねえか」 「···しの、さんっ、は、離れないで···」 「ああ。ちゃんといるよ」 「俺から、離れちゃダメです···飛び降りないで、ずっと、ここにいて···怖い···っ」 どうやら夏目は、自分から離れた人間が自殺してしまうんじゃないかと不安らしい。 「俺、昨日墓参り行ったろ?」 「ん···」 「里緒と話してきた。里緒はお前に謝ってたよ。」 夏目を守るために、嘘を吐く。 本当は里緒がどう思っているのかなんて知らないし、どう思っていようがどうでもいい。 「全部、背負わせてごめんって」 「···ねえ、ちゃんが···?」 「ああ。もう苦しまないでって」 そう言って夏目の濡れた頬を撫でる。 優しく笑ってみせると、少し安心したようで頬を緩めた。 「な?だから自分を責めるのはもうやめよう。夏目は何も悪くない。嫌な記憶は、今は忘れろ。必要な時に思い出せたらそれでいい。」 「···思い出せなかったら···?」 「それはその時考えればいい。本当に思い出すべきなのか、どうなのかを。」 筋の通っていない俺の言葉を、夏目は素直に受け入れる。俺の方に倒れてきた夏目は強く抱きついてきて、その体をそっと抱きしめた。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!