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第93話 志乃side
本家に行き、夏目がいるであろう親父の部屋に行く。
「夏目」
「志乃、梓は?」
「大丈夫だ。それより夏目は」
親父の部屋を進んだ先にある部屋、そこのドアを指さした親父は「中だ。愛美 といる。」と言った。愛美とは俺のお袋で眞宮組の姐。組員たちからは厚い信頼を得ている。
「お前がいいって泣いてる。早く行け」
「悪い」
ノックをしてドアを開けると、部屋の隅で泣いている夏目と、そんな夏目を撫でているお袋がいた。
「夏目、志乃が来たわ。」
「···志乃、志乃さん···」
「部屋に連れていく。ありがとう」
座り込んで立とうとしない夏目を抱き上げ、お袋に礼を言う。
「いいけど、今度梓君に会わせて」
「わかった。」
部屋を出て、親父にも礼を言い、自分の部屋に行く。
ソファーに夏目を下ろすと、俺の腕を掴んで離そうとしない。
「何が嫌なのか教えてくれねえか」
「···しの、さんっ、は、離れないで···」
「ああ。ちゃんといるよ」
「俺から、離れちゃダメです···飛び降りないで、ずっと、ここにいて···怖い···っ」
どうやら夏目は、自分から離れた人間が自殺してしまうんじゃないかと不安らしい。
「俺、昨日墓参り行ったろ?」
「ん···」
「里緒と話してきた。里緒はお前に謝ってたよ。」
夏目を守るために、嘘を吐く。
本当は里緒がどう思っているのかなんて知らないし、どう思っていようがどうでもいい。
「全部、背負わせてごめんって」
「···ねえ、ちゃんが···?」
「ああ。もう苦しまないでって」
そう言って夏目の濡れた頬を撫でる。
優しく笑ってみせると、少し安心したようで頬を緩めた。
「な?だから自分を責めるのはもうやめよう。夏目は何も悪くない。嫌な記憶は、今は忘れろ。必要な時に思い出せたらそれでいい。」
「···思い出せなかったら···?」
「それはその時考えればいい。本当に思い出すべきなのか、どうなのかを。」
筋の通っていない俺の言葉を、夏目は素直に受け入れる。俺の方に倒れてきた夏目は強く抱きついてきて、その体をそっと抱きしめた。
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