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第96話
梓の隣に夏目が座り、同情するような目で梓を見ていた。
俺は早々に掃除を終わらせ、その間にやって来た冴島が優しい声で梓に話しかける。
「梓君、覚えてるかな。冴島です」
「···んっ、」
梓の耳を塞いでいた手を優しく離させて、顔を覗き込む冴島は、梓の様子を見て少し怒っていた。
「手、痛いね。もっと痛くならないように手当しようね」
「···嫌だ」
「嫌?どうしてか教えてくれる?」
梓の手を両手で包み込んだ冴島は、梓に対しては怒りを微塵も感じさせないようにしているのか、目元も優しく笑っている。
「どうせ、怪我するから。それなら、全部終わったあとがいい」
「全部が終わるのはいつ?」
「わかんない。お父さんが満足するまでだもん。沢山殴られて、痛い。」
確実に幼稚返りをしている。幼くなった言葉に梓はずっとストレスを抱え耐えていたのかと思うと、自分に対しての怒りしか湧いてこない。
「それは痛いね。でもここにはお父さんはいないでしょ。皆そんなお父さんを君に近付けさせないよ。もう殴られることはないから、手当しようか」
「···殴られないの?痛いこと、しない?」
「しないよ。ほら、手を見せてね」
梓が大人しく冴島に手を見せる。素早く手当をした冴島は、梓の頭を撫でて「ありがとう」と言った。
「他に痛いところはない?苦しいところとか、辛いところも」
「···俺ね、ずっとご飯食べてないの。それから···怖くて、眠れない」
「じゃあまずはご飯を食べて、それからゆっくり休もうか。大丈夫、何も怖くないからね」
冴島に支えられてソファーに座る梓。
「お粥とか、胃に優しいもの作ってあげて。」
「わかった」
俺には怒りを隠すことなく、そう言った。
持ってきたおかずは冷蔵庫に入れて、お粥を作る。冷蔵庫の中には冷やご飯に卵があったのでそれを使い、できたお粥を冴島に渡す。
「梓君、食べてみようか。」
「···熱い?」
「そうだね。少し冷ましてね」
「うん」
お粥を受け取った梓は、スプーンに少し取ってフーフーと息を吹きかけ冷ましている。それから口にそれを含み、飲み込んだ。
「···美味しい」
「よかったね。食べれるだけでいいから、食べてね」
俺と夏目、それから立岡は、そんな二人の様子を眺めていた。
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