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第99話 梓side
ゆっくりと、目を開けた。
いつの間に眠っていたんだろう。最近はずっと夢を見るから、怖くて眠れないでいたのに。
目を開けたのに暗くて、夢の中なのかなと不思議に思ってると「起きたのか?」と優しい声で聞かれて顔を上げた。
「志乃」
「ああ。まだ15分も眠れてないぞ。まだもう少し寝ろ」
「···夏目さんは?」
「気にしなくていい」
志乃に抱きついて、胸いっぱいに匂いを嗅ぐ。
それがすごく安心できて、ずっとこうしていたいと思った。
「梓?」
「ん···」
「何かいるか?」
「······志乃」
「あ?」
「···志乃が、ほしい」
志乃がはっと息を飲んだ。
背中に回されていた腕に力が入る。
「梓、それは···」
「志乃がほしい···夏目さんのものに、ならないで···」
微睡みの中、伝える声は小さくて、志乃が聞き取れているのかはわからない。けれど、聞いていてくれたのなら、嬉しい。
志乃が夏目さんのものになるなら、俺はきっともう二度と志乃に会えなくなると思う。
だって、人のものはとってはいけない。志乃を見るとどうしても、志乃が欲しくなってしまうから。
「───志乃さん」
夏目さんの声が聞こえて、どうしてか、目を閉じて寝たふりをしてしまう。
もともと、ゆっくりと話していたから、志乃は俺が眠ったんだと勘違いして、夏目さんに「何だ」と返事をした。
「俺、一度帰って志乃さんの荷物を持ってきます。しばらく梓さんといるでしょう?」
「ああ。悪い」
「いえ、じゃあ失礼します」
ドアが閉まる音が聞こえて、ゆっくりと目を開ける。
「起きてたのか」
「···寝たふりした」
「何で。」
「わかんない」
志乃はその後、俺の志乃が欲しいという言葉に対する返事をくれなくて、なかったことにされたのが少し···いや、すごくすごく、悲しかった。
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