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第100話

朝になって、志乃が俺を起こした。 ご飯を食べることになって寝室を出てリビングに行くと冴島さんがいた。俺の様子を見て柔らかく笑う。その笑顔はとても落ち着けるもので、そこには立岡さんも夏目さんいないから、緊張していた体からふっと力が抜けた。 「ご飯食べようね。」 「···ご飯」 「そう。ちゃんと食べよう。何が好きな食べ物あるかな?志乃が作ってくれるよ」 「···卵焼き、食べたい」 「ご飯は?」 「いらない」 志乃を見てそう言うと一度頷いてキッチンに行ってしまい、俺は冴島さんと二人きりになった。 「梓君は志乃が好きなんだね」 「え···」 「志乃といると落ち着ける?」 「···落ち着ける、けど···色んなことを考えてしまうんです。例えば···な、夏目さんの、こととか···」 冴島さんは夏目さんのことを知っていたようで俺がそう言うと、納得したのか何度か頷いた。 「志乃は優しすぎるからね。それがあいつのいい所でもあって、悪い所でもある。」 「俺は···そんな優しさに触れて辛い思いをするくらいなら、前みたいに監禁されてた方が気持ちが楽だった。···そもそも、志乃と出会うならもっとましな出会い方が良かった。」 「そうだね。監禁されていた時、君は何も知らなかったからね。···今は色々と知りすぎた。でもそれを知らないと君は志乃の優しさに触れることはできなかったね。」 冴島さんの言うことは最もで、叱られたような気がして俯く。 「でも君は志乃の優しさを利用したりしない。夏目君とはそこが違う。」 「どういうことですか」 「···夏目君は志乃を利用してるんだよ。他にもっと頼れる人が居るはずなのに。それは志乃の優しさに漬け込んでるとしか思えない。」 「漬け込んでるって···でもそれじゃあ俺も同じです」 「違う。君はちゃんと考えてる。志乃のことも、夏目君のことも。だからこそそうやって苦しんでるんだ。君は志乃に似てるよ。優しいから自分のことは後回しに人の気持ちを考えられる。」 何故だか、心が救われるような気がした。 冷えていた体が暖かい毛布に包まれるような感覚を心に感じて、ポロっと涙が零れる。 「君と志乃は優しいから、夏目君を許しちゃうんだね。」 「···んっ、ぅ···」 「でもね、甘やかしすぎると人は駄目になる。だからたまには怒っていいんだよ。」 「···誰を···?」 コトン、と目の前に置かれる卵焼き。 鼻腔を掠める匂いが既に美味しい。顔を上げると志乃が立っていた。

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